第8話 姉です。天使と仙人に出会いました。
目が覚めると目の前には美少年がいた。色素の薄い金髪の目が離せなくなるぐらいの美少年だ。
「せ、先生! 目を覚ましました!」
ここは、どこだろう。天国?
「見えますか? 私の声が聞こえますか?」
美少年の次はものすごいイケメンが出て来た。年齢不詳の長い白髪のイケメンだ。
「あの、ここは?」
「私の庵ですよ」
「いお、いてて」
体が痛い。なんで痛いんだろう。
ああ、そうか。私はあの熊の魔物に追われて、崖から飛び降りたんだ。
「えっと、私、生きてます?」
「はい、生きていますよ」
「そうですか。あの世かと思いました。天使みたいな人が二人もいるから」
体を起こす。痛みはあるが我慢できないほどではない。
「天使、ですか。確かにリクは天使のように愛らしいですから間違えても仕方ありません」
「し、師匠! あ、愛らしいなんて」
美少年が顔を真っ赤にしている。
……最高だね。
「それで、あの、お二人は」
「ああ、申し遅れました。私はフィーロン。こっちは弟子のリクです」
私は自分のいる場所を確認してみた。そこは何と言うか、東洋的と言うか、どこか日本の茶室のような雰囲気があるこじんまりとした部屋だった。
それにフィーロンさんとリクくんの格好もどこか東洋的だ。着物のような、道着のような、フィーロンさんのほうはどこか仙人のような雰囲気がある。
「私はリズです。あの、助けていただきありがとうございます」
「いえいえ、御礼ならリクに。あなたを見つけたのは彼ですから」
「そうなんですか。ありがとう、リクくん」
「い、いえ、そんな。当然のことをしたまでです」
真面目で素直そうな美少年だ。そんな美少年に助けられた私は運がいい。
「ところでリズさん。あなたはどうして川を流れていたのですか?」
私は二人に事情を話した。自分の生まれや貴族に売られてそこから逃げて来たことだ。
前世の記憶があることは黙っておいた。面倒なことになるのは避けたい。
「そうですか、大変でしたね。ここでしばらくゆっくりとしていってください。リク、頼みましたよ」
「はい、師匠」
こうして私はフィーロンさんのところお世話になることとなったのである。
ありがたい。そして、素晴らしい。さすが乙女ゲームの世界だ。美男子のレベルが高い。
「ところでお二人はここで何を?」
庵を出ると外は森だった。その森の開けた場所にフィーロンさんの庵と住宅らしき平屋建てがあった。
「修行です」
「修行? リクくんたちは武術かなにかを?」
「そうですね。武術というか仙術を」
「せんじゅつ?」
はて、それはいったい?
「遥か東方に伝わる魔法のようなものです。それと徒手や武器術を組み合わせた仙術闘法の修行をここで行っています」
「魔力じゃなくて気の力、気力を使うんですよ」
ほほう、なるほど。気功みたいなものか。
みたいなものか?
しかし、興味深い。
「あの、私にもそれ、教えてもらえませんか?」
ものすごく興味がある。というかこの先生きていくのにものすごく必要な気がする。
そうだ、何か強みが必要なんだ。これから一人で生きていくためには。
「お願いします! 私に仙術を教えてください!」
そう、知らなくては。身に付けなくてはならない。土下座してでも。
「な、なんと見事な土下座。先ほどまで気を失っていたとは思えない」
「あ、あの、土下座って?」
「東方の地に伝わる敬意や謝意を表す所作のことです」
どうやらこの世界にも土下座があるらしい。ならば私の気持ちも伝わるだろう。
「顔を上げてください」
「それなら」
「はい、喜んでお教えいたしますよ」
「ありがとうございます!」
よし、通じた。やはり頼みごとをするときには土下座が一番だ。
「しかし、私の指導は厳しいですよ」
「はい、覚悟はできています。崖を飛び降りるぐらいには」
覚悟。覚悟だ。私は覚悟が必要なんだ。
私には何の後ろ盾もない。味方もいない。そんな人間が生きていくには強くならねばならない。
金、暴力、知力、何か力が必要なんだ。それを手に入れなければならない。
「ですが今日はゆっくり休みましょう。修行は明日からということで」
こうして翌日から私の厳しい仙術の修行が始まったのだ。
「いいですか、仙術の基本はまずは呼吸です。深く息を吸い、ゆっくりと息を吐く。その呼吸と共に己の内側にある気を感じ、気を高めるのです」
過酷な修行は続いた。
「仙術は呼吸に始まり呼吸に終わる。すべては呼吸です。息を止めていても呼吸してください」
フィーロンさんは意味不明なことを言っていたが、とにかくやるしかなかった。
起きている間も寝ている間もフィーロンさんの言う通りに呼吸を続けた。その呼吸をつづけながら激しい鍛錬を行った。
「呼吸を乱してはいけませんよ。常に正しい呼吸を続けてください」
フィーロンさんの修行は確かに厳しかった。フィーロンさんは私たちの呼吸を乱そうとしてくれる。脇や足の裏をくすぐったり、突然変顔をしてみたりとあらゆる手を使い笑わせてこようとする。
さすがに「布団が吹っ飛んだ」程度のクソ下らないギャグでは笑わなかったが、とにかくフィーロンさんは私やリクくんを笑わせたり驚かせようとしてくるのだ。
どんなに激しい運動をしてもどんな状況におかれても呼吸を乱さない。そんな修行も最初は大変だったが3ヶ月もするとだいぶ慣れてきた。
そんな時だ。リクくんが突然倒れた。
「ぐ、う、あ……」
「師匠! リクくんが!」
「慌てないでください。大丈夫ですから」
リクくんが倒れた。けれどフィーロンさんは落ちついていた。フィーロンさんはリクくんを運び布団に寝かせると、仙術を使ってリクくんの治療を始めた。するとリクくんの症状はすぐに治まり、静かに寝息を立て始めた。
「久しぶりですね。やはりまだまだですか」
「あの、リクくんは」
「ただの発作です。……いえ、あなたには伝いておいたほうがいいでしょうね」
リクくんが倒れた。そこで私はフィーロンさんから衝撃の事実を伝えられたのである。
「リクは、クライネール王国の第四王子なのです」
なんと予想外の事実が……。と言うわけでもなかった。なんとなくではあるが、リクくんからは高貴なオーラを感じ取っていたので、それほど驚きはしなかった。
「彼は生まれつき魔力量が人よりも多く、その影響でずっと床に伏せっていました」
「それを治したのか師匠なんですね」
「はい。治すために王宮から彼を連れ出して来たのです」
「……ん?」
なんだか不穏な空気が。
「それは、その、ちゃんと許可をとって、ですよね?」
「いいえ。何度話をしても聞き入れていただけなかったので……」
無許可かーーーい!!
「誘拐じゃないですか!?」
「そうとも言いますね」
何をのん気にしとんじゃこの仙人は!
「王宮から王子様を誘拐なんて重罪ですよ! 死刑ですよ死刑!」
「そうでしょうね」
「そうでしょうねって!」
ダメだ。話にならない。
「い、今すぐにリクくんを王宮に」
「ダメです。まだ彼は」
「し、師匠を責めないで ください……」
リクくんが目を覚ました。まだ辛そうで、見ているこっちが心配なるほどだ。
けれどその目ははっきりとしていた。
「リク、まだ寝ていなさい」
「でも……」
「話は私がしておきますから」
「……はい」
リクくんは静かに目を閉じてまた眠り始めた。
「……詳しい話を、聞かせてくれませんか?」
「いいですよ。まず、私の生い立ちから」
「あ、それはいいんで」
「……そうですか」
こうして私はフィーロンさんの生い立ちは聞かず、リクくんの抱えている事情を教えてもらったのだった。
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