第7話 姉です。死んだことになりました。
私を殺す計画。もちろん本当に死ぬわけじゃない。簡単に言えば偽装殺人だ。
まず私が外に出かける。馬車に乗って屋敷から町の方へ向かう。その途中に盗賊に襲われ、なんとか逃げ出したが森の中で魔物に食われて死んだことにする。と言う計画だ。
まあ、かなり穴だらけの計画ではあるが、そんなことはどうでもいい。とにかく私が死んだことになればそれでいいのだ。
と言うようなことを暗殺者に伝えた。
「お前、気でも狂ってるのか?」
ごもっともごもっとも。暗殺者さん、正しい反応ありがとう。
しかし、私は狂ってるわけでも冗談を言っているわけでもない。本気だ。
「私、別にここにいたいわけじゃないの。面倒なのは嫌だしね」
なんで暗殺されなきゃならんのかわからないが、どうせ権力争いかなにかだろう。本当に下らない、実に馬鹿馬鹿しい。そんな物に巻き込まないでほしい。
「誰に頼まれたかは知らないけど、私がここからいなくなればいいんでしょ? なら過程なんてどうでもよくない?」
「お前、この家の財産に興味ないのか?」
「ない」
「……おかしな奴」
さて、乗ってくれるか。まあ、乗ってくれなくてもいいけど。
とにかくなんとかしてこの屋敷を出てウィーンベリル家と縁を切る。そんでもってアンヌのところへ戻る。
捨てられた? 売られた? そんなの構うもんか。妹の安全を守るのがお姉ちゃんの役目だ。
……とは思う。しかし気がかりなこともある。
私は金で売られた。それはゲームのキャラクター設定の通りだ。もし私の運命がゲームの通りだとしたら二度とアンヌに会えないと言うことになる。
アンヌは可愛い。とても愛らしい。天使のような私の妹だ。
しかし、それもゲームの影響だとしたら? 私が売られる運命のように、周囲の人間に好かれるようにデザインされている存在だとしたら?
……まあ、それはどうでもいいか。とにかく今は暗殺を回避することだ。
「……盗賊を用意するのは回りくどいな」
「そう。ならあなたならどうする?」
さて、どうやら暗殺者さんは興味を示してくれたらしい。
「俺は『魔物使い《テイマー》』だ。俺が操った魔物に直接襲わせればいい」
「協力してくれるの?」
「俺を信用できるのか?」
答えにはなっていない。だが、わかる。
「やりたいようにやればいいわ。私も全力でやるだけ」
私は暗殺者を見据える。彼がなんとなく笑った気がする。暗殺者は黒い布で顔を隠しているけど、その下で笑ったような気がした。
「ただし私以外は傷つけないで。それだけ約束して」
「ああ、標的以外は傷つけない。もともとそのつもりだよ」
話の分かる暗殺者でよかった。しかし、こいつは男なのか女なのか性別不明だ。暗がりで姿はよく見えないし、声も少し高め男性の声にも聞こえるし、ハスキーな女性の声にも聞こえる。
まあ、それはどっちでもいいか。今は関係ない。
「じゃあ、三日後」
「わかった」
私は暗殺者から視線を外すとベッドに入った。暗殺者はどうやら窓から出て行ったようで、部屋の中に夜の風が流れ込んでくるのが感じられた。
そして、その夜から三日後。私は伯爵様に頼んで外出の許可を得ると馬車に乗り込み町へと向かった。
伯爵の屋敷は町から少し離れている。森の中の道を通って町へと向かうが、その道の途中で魔物に襲われる算段だ。
「付き合わせてごめんね。うまく逃げて」
私は馬車の中から私につき添っている従者たちに詫びた。彼らには本当に申し訳ないとは思うが、私のワガママに付き合ってもらう。
あの暗殺者さんがうまくやってくれるのを祈るしかない。標的以外は傷つけないという言葉を信じるしか。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」
馬車の中で従者たちの無事を祈ってると何かの雄叫びのような音が聞こえて来た。
「……来た」
外が騒がしい。かなり慌ただしい。
「お嬢様お逃げください!」
外から声がする。馬車の扉を誰かが開け放ち、私はそこから飛び出た。
外に出ると、いた。
「い、イビルフレイムグリズリーだ!」
「な、なんでこんな魔物が」
でかあああああああああああい!? なんだこのバケモンは!?
え? なに? 超ヤバくない!?
「あいつ、私を本気で殺すつもりなんじゃ」
でかい。本当にでかい。アフリカゾウの五倍ぐらいはある赤い目のどす黒い熊だ。しかもその口から真っ黒い炎を吐いている。その炎に触れた物が一瞬で灰に……。
「……やってやろうじゃない」
見ただけでそのヤバさがわかる。けれど都合がいい。こんな奴に襲われて生きているなんて誰も思わないだろう。
それにこの魔物はあの暗殺者が用意した物だ。魔物使いだと言っていたし、きっとこの魔物も暗殺者さんが操っていて。
「逃げろ! そいつは違う!」
……おいおい暗殺者さんよぉ。なに慌てて飛び出て来たんだ?
違う? 何が違うんだい? ええ? 教えてくれよ。
「そいつは俺がテイムした奴じゃない!」
……マジかぁ。これ、本気でヤバくない?
「やれるか、私……」
武器は、剣が落ちてる。逃げた護衛が落としていったヤツだろう。
これで戦えるか? 無理なような気もするけど……。
「やったろうじゃない……!」
逃げる、生き残る。とにかく意地汚く往生際悪く。
「暗殺者さん! これ持ってって!」
私は自分の長い黒髪を掴んで剣でバッサリと切り落とした。
「これ持ってけば私が死んだ証拠になるでしょ?」
「お前……」
「さ! 逃げて! ありがとう!」
走れ。振り向くな。
「元気でね、暗殺者さん」
凄まじい雄叫びが後ろから聞こえてくる。
「……暗殺者さんは、逃げた、よね」
黒熊はこっちに来た。私を追って来た。
ちょっとだけ暗殺者さんの方に行ってくれたらとも思ったけれど、まあ、こっちに来てくれてよかった。
「よくないけどねぇええええええええええ!!!」
ちくしょーーー! なんでどっか行ってくれなかったんだよ! 暗殺者さんのほうに行かなかったのはいいけどさぁ!
追いかけてくんな! あっち行け! 行ってくれえええええええええええええ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんん!?」
ピーンチ! 私ピーンチ!
目の前には崖! 崖下には川! 後ろからは黒熊!
最悪! 絶体絶命! しかし!
「川の深さはあああああああああああ!?」
わからん! わからないけど!
「チェストオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
飛び込めえええええええええ!!
「……はは」
こりゃあ死んだかな……。
川、水。
み。
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