第2話 姉です。クソゲーに転生しました。

 とにかくまずどうにかしないとならないのはお金だ。


「このままだと私、売られるのよね……」


 私はゲーム世界の主人公の姉リズに転生した。主人公の姉であるのに立ち絵もボイスもなくゲーム内ではほとんど登場シーンのない不遇な姉にだ。


 そんなリズの数少ない設定の中に『金のため貴族に売られる』というものがある。ただし、その貴族がどんな人間なのかの言及はない。


 そもそもリズの設定はほとんどない。主人公であるアンヌと仲のよい心優しい姉、というだけで見た目や性格の詳しい設定は全くないのだ。


 本当にクソである。それぐらい作り込んでおけと文句を言いたい。


「というかそもそも、私似てないのよね。アンヌに」


 設定ではアンヌは栗色髪の美少女ということになっている。となるとそんなアンヌの姉であるリズも栗色髪をしていてもおかしくないはずだ。


 だが実際の私は黒髪に黒目だ。顔立ちもどこか日本人顔でアンヌとはまったく似ていない。そして、美人でも何でもない。ものすごく地味な顔立ちだ。


 さらには両親にも似ていない。さて、一体どういうことなのか。


「あの駄作なら有り得るのか? 矛盾だらけだったし」


 栗色髪の両親から黒髪の子供が生まれる。もしかしたら私やアンヌの先祖に黒髪黒目がいたのかもしれないが、そんな設定はないはずだ。おそらく。


 まあしかし、3なら髪色が違うくらいあり得そうだ。そう思わせるほど魔法学園物語3は設定が破綻しており矛盾だらけなのだ。魔法学園物語3は本当にプロが制作したのかと疑いたくなるほど設定は穴だらけ矛盾だらけで、それにツッコミを入れながらプレイするのがファンの間で流行ったほどだ。


 指摘するときりがないが、例を挙げるとこんなシーンがある。


「私の家、貧乏で、甘い物なんて一年に一度食べられたらいいほうで――」


 と魔法学園に入学したアンヌが友人となった貴族の令嬢とお茶をするシーンでこのような発言をする。これだけならまあ不自然なところはない。


 しかし、アンヌは貧乏と称しているが実際は違う。彼女の父親は侯爵家のお抱え庭師の一人でアンヌはその屋敷に家族で住み込みで暮らしており、お給料もかなり良くけして貧乏ではなかったはずだ。なのにお茶会のシーンでは「家は貧乏」「甘い物は年に一度」「食事は一日一食なんてよくあること」などと言っていた。


 さらには「お茶会は初めて」と言うセリフもあるが、これも全くの嘘だ。侯爵家にはアンヌより二つほど年上の娘が一人おり、彼女に誘われてよくお茶会に参加していたという設定があるのにおかしな話だ。


 そして、そんな矛盾だらけの発言をするアンヌの好物はメロンパン。


 なんだよメロンパンて。剣と魔法の世界にメロンパンがあるわけがないだろうが。世界観が違いすぎるんだコンチクショウ。


 とまあ、ツッコんでいたらキリがないほど魔法学園物語3のシナリオは矛盾だらけで、本当にキャラクターの設定を把握しているのかと、監督や脚本家は仕事をしているのかと抗議したくなるほどだ。


 なのでリズの容姿がアンヌに似ておらず黒髪黒目でも、あのゲームなら有り得るな、と納得できてしまう。


「いやいや、納得してる場合じゃない。もしかしたら、何か意味があるのかも……」

 

 この世界はゲームの世界。魔法学園物語3の世界。


 ……本当にそうなのだろうか? 


 アンヌの姉のリズは黒髪黒目という設定は存在していない。しかし、今の私は黒髪黒目。


 もしかしたらここはゲームの世界によく似た別の世界なのではないのだろうか。


「お姉ちゃん、大丈夫? 顔、怖いよ?」

「アンヌぅ、怖がらせちゃってごめんねぇ。大丈夫だからねぇ」


 まあ、それはどうでもいいことだ。アンヌのかわいさに比べたら些細なことでしかない。


 そう、アンヌはかわいい。さすが乙女ゲームの主人公だと納得してしまうほど可愛らしい。


 なので愛でる。とりあえず愛でる。とにかく愛でる。愛でて愛でて愛でまくる。


「アンヌは優しいねぇ、いい子だねぇ。うひひ」

「お、お姉ちゃん、なんか怖いよ……」


 とにかくアンヌはかわいい。それだけで十分だ。


「アンヌ、これから大変かもしれないけど、お姉ちゃんが守ってあげるから」


 ゲームでは14歳で学園に入学する。この世界では魔法が使えるのは貴族だけのはずだが、平民でありながら魔法が使えるアンヌは特例で入学を許された。


 まあ、そのあとはお決まりだ。平民であるアンヌは周囲からいじめられ、そんな中で攻略対象たちと恋愛していくのだ。


 そうなると私の役目はアンヌを無事に学園へ送り届けることだ。それが姉である私の使命だ。

 

 もしアンヌが学園に入学するためにお金が必要で、そのために私が売られると言うならそれもいいだろう。


 ……いや、よくはない。全然よくない。絶対に嫌だ。お断りだ。


 だとしたら、どうすればいい。私は今14歳でそんな小娘に大金を稼ぐ手立てなどあるのか。


 いやまて、そもそもお金はあるのでは? 父は侯爵家のお抱え庭師で給料は普通よりもかなり良いはず。ならアンヌの入学資金はどうにかなるのでは?


 私が売られる必要はないのでは?


「……なーんだ、なんの問題もないじゃない」


 悩んで損した。ああ、よかった。安心安心ひと安心だ。


 などと安心している暇などなかった。


 アンヌが誘拐されかけたのである。

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