カオスな体育祭<後編>

−−体育祭、昼の部

次の出番は昼の全学年混合型のリレー。瞬発力が求められる競技なら自分でも渡り得るだろう。借り物競走と違って晴れの舞台でもある。


スタートラインに立つと、緊張と興奮が入り混じった感情が湧き上がってきた。周りの応援の声が高まり、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。


本窪田もとくぼた、頼むぞ!」


とクラスメイトから声援が上がる。


涼真りょうま!やっちまえ!ブッ殺せ!」


幼馴染の由佳からは物騒な言葉が飛び出す。どうやったらリレーで相手を殺せるんだ?


さて、他に誰がアンカーなのかと見てみると脳筋の清水が・・・。白組だったのか。


「お前と勝負するのは初めてだな。失望させてくれるなよ」


試合開始のピストル音が鳴り響き、一斉に走り出す選手達。バトンパスのエリアに差し掛かると、次の走者にバトンを確実に渡す。アンカーとなる自分までの番は緊張で足が震える。


本窪田もとくぼた君!」


森田からバトンを渡されて俺は力の限り走り出した。前に三人か。差は数十秒程度。清水はともかく、他は何とかなるかも。


フィニッシュラインが近づくにつれて、全力でスパートをかける。清水は今どこにいる?


「貴様、やはり只者ではないな!」


まだ喋れるだけの力はあるのか。


周りの景色が一瞬でぼやけるほどのスピードで駆け抜けた。俺の晴れ舞台は無事に終わり、クラスメイト達の大歓声の中、清水と共にテープを切った。同率1位か。完走した後、数歩歩いたところで何とか足は止まったものの、急に呼吸が乱れ、思わず大きく息を吸い込んだ。


「お前の全力、見せてもらった。やはりできる男だな。俺が見込んだ事はある」


「偶然ですよ。たまたまコンディションが良かっただけです」


清水と同率1位は本当に偶然だった。実際にやってみないと分からないものだな。同率1位じゃ女子のハートを撃ち抜くには弱かったかな。清水に勝たなければならない一戦だった。その証拠にあまり女子からの声援が届いてない気がする。




最終種目は男女別の紅白対抗騎馬戦。赤組の1年からはDクラスとBクラスから1チームずつ参加する。俺のチームの騎手は隣席四天王の一人、藤田。対立する白組の3年には生徒副会長の小林がいた。


「相手は本窪田もとくぼたか。お前とは一度やり合ってみたかったんだ。なかなかのやり手らしいな。噂の実力、見させてもらうぞ」


過大評価だと思うんですよね、それ。あとやり手ってこういう時に使う言葉でしたっけ?


試合開始のピストル音が鳴り響いたのと同時に小林の騎馬がこちらに向かってくる。タイミングを見計らい、俺達は相手に向かって藤田を飛び立たせた。藤田は空中で小林陣のハチマキをつかみ取り、見事に着地した、と見せかけて転んでみせた。


この対戦で考えていた方法。それは下の三人がバネになって藤田を相手向かって飛び立たせ、すれ違いざまにハチマキを取って着地、そのままコケたふりをするというやり方。ハッキリ言って反則である。小林がこちらに向かってくる事は予想していたので、後の事も考えると確実に潰す必要があった。しかも土煙の中では何が起きたか判断が難しい。藤田が転んだのが幸いしてただの事故、と判定された。ただし、騎手が落馬した為、競技続行は不可能となる捨て身の技なのだが。


「卑怯だぞ本窪田もとくぼた!生徒会役員として正々堂々と勝負せんかぁ!」


すいません、うちの騎馬の総意なんです。自分だってこのやり方はバクチだと思ってたし。




激しかったのはその後の女子だ。開始早々、各騎馬が一斉に動き出し、ハチマキを狙う攻防が繰り広げられる。


ところが次第にその様相は変わっていった。ハチマキを取るための戦いがエスカレートし、ついには髪や体操服をつかみ合う事態にまで発展した。


「これじゃケンカじゃないか・・・」


もうメチャクチャだ。俺達の方がまだ行儀よくやっていたと実感する。教師達が何度も制止の声をかけるが、勢いが止まらない。下で支えている3人はお互いに罵詈雑言を浴びせ合ってるし。女子って怖い。おっと、そこの女子、ブラが見えてますよーっと。


素朴な疑問なのだが、水着と下着って布面積が同じなのに、前者はOKで後者はNGなのはなぜだろうか。今考える事でもないが。




体育祭の全競技が終了し、夕方の空に赤みが差し込む中、生徒達はグラウンドに再び集まり、閉会式が始まった。


まずは、校長が壇上に立ち、閉会の挨拶を行った。


「皆さん、本当にお疲れ様でした。今日一日、皆さんが見せてくれたスポーツマンシップ、チームワーク、そして全力で競技に取り組む姿勢には感動しました。どのクラスも素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。これからもこの経験を活かして、学業やその他の活動にも全力で取り組んでください」


どこか苦笑いしている様に見えたのは気のせいだろうか。


「それでは、これをもちまして、本日の体育祭を閉会いたします。皆さん、本当にお疲れ様でした!」


と、東山が締めくくって解散となった。




体育祭終了後、使用された機具の撤去やテント運びでバタバタした。日が落ちたので残りは週明け。


やっと解放されたと背を伸ばした。


この後は親戚達が家に集まってどんちゃん騒ぎになるんだろうな。間違いなく東山も来るはず。俺の部屋を覗かれたりしなければいいのだが。別に見られて困るものでもないけどな。


制服に着替え終わって靴箱で東山を待っていると、そこに一人の女子が立っていた。


「あの・・・体育祭のリレー見て・・・カッコいいなって思って」


よかった。見てる人はちゃんと見てたんだ!


「あ、私は佐野、佐野 優さの ゆう。あの時の全力疾走、本当にかっこよかった!」


「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があったよ」


「あ・・あの、私」


何かを言おうとして言わないまま、彼女は去っていった。


東山を待っているのだから追いかけられないし、第一そんな体力は残っていない。


「あら、知り合い?」


遅れてやって来た東山は佐野という女子の後ろ姿を見たが、暗くてよく分からなかった。俺達はそのまま家に帰る。


「いや、初めて見たんだけど・・・」


「生徒会とか放送委員でもないのにこんな時間まで残るって変ね」


「やっぱそう思う?」


「そう思うわ。さ、行きましょう」


その事は少しだけ頭の片隅にでも入れて、俺達は自宅に戻った。

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