後継者
−−三日目
このチェス部の合宿は三泊四日。二日目から鈴木部長と佐藤副部長は参戦しない。力量の問題もあるが、次期部長を探すには個人個人を見ていくしかないからだ。その二日目はグループ戦。ランダムに選ばれた1〜3年の混成チーム同士の戦い。あと一歩及ばずチームの中では唯一の敗退。
三日目は個人戦。くじ引きで決まった相手なら2年であろうが3年であろうが関係なくゲームが始まる。当然力量差は出てくるので、ハンデとして3年は"後手三手待ち"。つまり後手でこちらが三手指すまで動けないルール。とはいえ、この間は相手の駒は取れないので、防御陣を敷く事しかできない。
−−翌朝、合宿四日目
今日で箱根での合宿はおしまい。午前の一局を終わらせた後、鈴木部長が次の部長を誰にするのか発表する時が来た。
「部長は
「はいっ」
指名された田中は勢いよく立ち上がった。
「副部長。
俺は何も言わずに立ち上がった。田中もそうだが、俺達は事前に部長、副部長の話を受けている。公式な発表が四日目の今、というだけだ。
この話は昨日の夜にさかのぼる。
俺は佐藤副部長に呼ばれて庭園の方に足を運んだ。
「話ってなんですか?」
佐藤副部長はどう話を切り出すかしばらく沈黙していたが、思い切りこちらを向いて話始めた。
「私は
勉強会の話まで3年に知れ渡っていたのか。3年の図書委員長、田中の仕業か。それを抜きにしても副部長のこの言葉は俺の心に突き刺さった。こんなに強く頼まれるとは思っていなかった。
「俺は・・・」
どうする?女子からのお願いだ。どうする?どうするのが最善のパターンなんなのか。何か答えようとしたが、言葉が出てこない。俺自身もチェス部に残るかどうかを決めかねていると言うのに。というのもこの部、圧倒的に
「答えは今すぐじゃなくてもいい。少し考えてもらえないかな?」
そう言い残して佐藤副部長は部屋に戻っていった。この押しは重いな。
確かにいつまでも体験入部のままという訳にもいかないだろう。残るか、やめるか。どっちルートが正解なのか。
「
「鈴木さん、どうしてここに?」
「悪いとは思ったが、2人で話しているのを見かけてな」
またこの人は俺の所を探し当てるのか。ここまで来るとストーカーじゃないかと考えさせられる。
「まだ体験入部のままだろ。俺にはお前が何を考えているかが分からない」
すいません、女子の事しか考えてません。
「今後どうしたいのかを考えるいい機会だと思わないか?」
「それはそうなんですが」
「多分佐藤も同じ事を言ったと思う。勝手な話だが俺もお前に残ってもらう方が部のメリットになると思っている」
「俺が?」
「そうだ。秋の全国大会に出れば、武蔵野学園との一戦で一番最初にチェックメイトを出した人物としてお前の噂は一気に広まるだろう。お前がいてくれれば交流試合のオファーも今まで以上に増えるに違いない。部にとってメリットが大きい」
俺としてもハーレムライフに招き入れる人材の発掘はプラスに働くしな。win-winの関係と考えた方が面白い。だが一つ気がかりな事がある。俺がそこまで強くないって事。
「それまでのサポートは俺達がやろう。徹底的に仕込むからな。じゃあ佐藤をもう一度呼び出してこの事を話そう。明日の練習の事もあるからな」
鈴木部長はスマホで佐藤副部長をラウンジに来るようにと連絡を入れた。
俺は今回の件について残って部の活動を続ける場合、どうやってハーレムライフを通るか、ルートを考えた。
1.学校内で有名になる
2.他の高校と交流試合をする
3.大会に出場する
4.来年来る後輩に期待する
どれも当てはまるがその逆もまたしかり。
1.の場合、前回の交流試合でも校内で噂が立った前例がある。2.と3.の場合、メリットは他の高校とのつながりが持てる事だ。先日も武蔵野学園高校の部長とも偶然とは言え覚えてもらえていたし、3.の大会なんかに出たらもっと注目度が上がるだろう。デメリットといえば放課後の自由時間が失われる事だろうか。動機が動機だから必要経費と割り切るか。4.は完全に賭けの要素が強い上に一年も待ってられるか、という思いの方が強い。パスだ。
ラウンジに先に来た俺達は特に何も話す事なくソファに腰を下ろしていた。しばらくするとパタパタとスリッパの音を鳴らしながら佐藤副部長がやって来た。
「呼び出したのは他でもない。明日発表する部長・副部長の件についてだ」
そこになんで
「多分佐藤も同じ事を話したのかもしれないが・・・こいつを副部長にしようと思う」
あれ?部に残れとは言われたが、副部長になれとは言われてないぞ。
「ごめん、
「副部長という肩書があろうがなかろうが、俺はチェス部に残ると決めました。副部長にするかどうかはお二人にお任せします」
「あぁ・・・ありがとう」
思わず佐藤副部長は俺に抱きついた。
佐藤副部長は堕ちたな。高校生活史上、最っ低の感想である。
そしてこれが合宿中の力量以外の部分で選ばれた理由だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます