1年夏休み

突入、夏休み

−−次の日、自宅


玄関に入ってみると同じ形の靴が散乱していた。先日話した通り、友人を呼べるだけ呼んだらしい。結構結構。先にトイレをすませておこう。と、ドアが開かない?これは・・・内側から鍵をかけられている。待つこと数分、ドアがやっと開いた。開いた先に入道雲と言わんばかりのシルエットが。


「先輩、うっす」


誰だーーー!


「お兄ちゃんのリクエスト通り、誘えるだけ誘ってみたよ」


どこで間違えた?


〜〜今度さ、もっと友達連れてこいよ。大勢でいた方が盛り上がるだろ? 〜〜


あの時かぁぁぁ。確かにもっと呼んでこいとは言ったが、俺が求めたのはこういうのじゃない。


「えっと、まぁ皆で楽しくやろうか・・・あはは」


俺の夢見た理想の生活とは程遠い現実に直面して、心の中で呆然としていた。


男の友達が加わった事で、家の中は全く違う雰囲気になってしまった。賑やかにはなったが本当に賑やかになっただけで、俺が望んでいたハーレムライフとは全く異なる物に終わった。




−−7月下旬


一学期が終わり、最大のイベント"夏休み"が始まった。


夏休みといえば何だろう?皆でプールに行く?海?山?俺の場合はこれだ。



チェス部の三泊四日の合宿。



鈴木部長も佐藤副部長も受験勉強に入る為、これが最後の活動になるらしい。体験入部のまま放置していた俺は鈴木部長からの招集に逆らえず、合宿に参加する事に。


部長と副部長が引退するなら次の部長はどうやって決めるのだろうか。やっぱり実力がある人?しかしそれだと佐藤副部長が部長の席にいなければおかしい。何か決め方にルールがあるはずだ。それが今回の合宿で明らかになるはず。まぁ体験入部の俺がなる事はないと思うが。


俺達は顧問の宗岡 直樹むなおか なおき先生と共に小田原まで新幹線で移動、その後、箱根登山鉄道に乗り換えて箱根湯本間まで。駅で降りたらタクシーに分乗して目的地の旅館へ。旅館は静かな山間にあり、集中してチェスの練習ができる理想的な場所だ。しかし箱根とは高校生の合宿にしてはずいぶんと大盤振る舞いだ。よく学校側が許可したな。




−−箱根温泉「しあわせ湯」


鈴木部長が今回の合宿の目的とスケジュールを説明した。


「今回の合宿で俺と佐藤は引退するから、次の部長を決める為の大事な機会でもある」


「次期部長は、結果だけでなく、リーダーシップと協調性も評価基準になるから、強い弱いだけでは判断しないからね」


なるほど、それで佐藤副部長は鈴木部長より実力があるのに副会長の席に座っているのか。佐藤副部長がリーダーシップや協調性がないと言ってる訳ではないのだが。


旅館に到着し、部屋割りが発表された。男子四部屋、女子が一部屋と合わせて五部屋。一部屋あたり四人で構成されていて、一日目は部屋同士での総当たり対戦になる。女子組は二年の田中 彩奈たなか あやなが先鋒か。こちらは一年の俺と山本 健太やまもと けんた、2年の小川 紀彦おがわ のりひこ町田 高弘まちだ たかひろ。可もなく不可もなくといった人選だ。


昼食をはさんで早速部屋別の総当たり戦が始まった。今回は全ての対戦にポイントが割り振られていて、合計ポイントが高い者順に景品が出るらしい。個人戦では10ポイント、部屋別や特定のグループ別の場合は所属する全員に10ポイント与えられる。最優秀賞は刑事ドラマ"相棒"でも使用されたガラス製のチェスセット。お値段6,080円(楽天調べ)。俺達の部屋も初戦から接戦が続き、山本の冷静な判断と小川、町田の堅実なプレイスタイルが光った。体験入部中の俺としては今回は目立たないように相手の様子をうかがいながら1コマ1コマ進めていった。


さて、箱根といえば温泉、温泉といえば箱根。これが世間の常識だろう。部の合宿もこれに習い、夜の自由時間は皆温泉に入った。露天風呂なので星空を見上げられる。当然だが混浴ではない。身体を一通り洗って湯船につかった。

温かい湯が疲れた身体をじんわりと癒してくれる。俺はしばらくの間、何も考えずに湯船の中でリラックスしていた。しかし、他の男子部員達が話し始めると、自然と耳を傾けるようになった。


「やっぱり温泉は最高だな。こんなにゆっくりできるのは久しぶりだ」


「そうだな。そして温泉の楽しみと言えば、の・ぞ・き・だろ」


「・・・本気か?」


「いや、ただの冗談だ」


「目が血走ってるぞ。冗談と言われて信じられるか!」


その場にいた全員で爆笑した。ふと夜空を見上げて、合宿の目的を思い出した。次期部長の選出、チームの連携を取る事、そしてチェスの技術を向上させる事。温泉でのひとときはリラックスできるが、これからの試合や部長選出の事を考えると、少し緊張感が戻ってきた。まぁ体験入部の俺が選出される事はないと思うが。


温泉から上がった俺達は、脱衣所で浴衣に着替えた。温泉の後は水分補給。フルーツ牛乳やコーヒー牛乳など思い思いの物を買った。風呂上がりに飲むなら手は腰が正しい飲み方。


一度全員で荷物を置きに部屋に戻ったが、ゲームコーナーに行く者、卓球をしに行く者。それぞれが思うままの行動を取る。俺はと言うと、大浴場と部屋の間にある休憩スペースでくつろいでいた。これにはれっきとした理由がある。そう考えていると佐藤副部長達が戻ってきた。


「にしても暑いね〜」


風呂上がりの四人は浴衣のえりをパタパタさせながら戻ってきた。


「昼よりはマシだけど」


俺ははこの瞬間を見逃さなかった。作戦は至ってシンプル。彼女達を夕涼みに誘い出せば、めでたくハーレムのできあがりというわけだ。浴衣姿の佐藤副部長、田中を始めとした部員達に声をかけた。


「せっかくだし、夕涼みに行きませんか?夜風に当たったら少しは涼しくなると思うんですよ」


佐藤副部長は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で答えた。


「行こう行こう!外で風に当たるのも気持ちいいしね」


「ナイスアイディア」


心の中では、"どうすればもっと女子達ににチヤホヤされるか"という思いだけが渦巻いていた。俺にとって、この合宿はチェスの技術向上や仲間との絆を深める場ではなく、ただ"女の子に近づけるチャンス"に過ぎなかった。


俺達は外に出た。道の左右に灯ろうが立っていて、優しく光るそれは夜遅くである事を実感させられる。俺達は旅館から小高い丘にある休憩所まで来て、そこに座った。


「記念に写真撮ろうよ」


佐藤副部長は俺の腕に抱きついた。ん?何だこの柔らかすぎる感触は?まさかあなた・・・ノーブラですか?


心拍数が上がって、顔が赤くなってくるのを感じた。こんなに近くにいる佐藤副部長の笑顔は、暗闇の中でもはっきりと見えた。


「今度は本窪田もとくぼた君、写真撮ってくれる?」


田中がスマホを渡してくる。"もちろん"と答えながらも、佐藤副部長の存在が気になって仕方なかった。俺は必死に平常心を保ちながら、スマホのカメラを構えた。


「はい、チーズ!」


シャッター音が鳴り、みんなの笑顔が写真に収まった。その瞬間、佐藤副部長の笑顔が一段と輝いて見えた。


"今度は私!"と田中が自分のスマホを渡してきた。俺は再びカメラを構え、皆で寄り添う形で写真を撮った。


そこへ何やら靴音が。今まで夢の中だったのが急に現実に引き戻される。


「おっと、邪魔だったかな?」


そこに現れたのは鈴木部長。なんであなたはいつも俺がいる場所にピンポイントでやってくるんですか?


「全然。大丈夫ですよ。今、皆で記念に写真撮ってたんです。鈴木さんも混ざります?」


佐藤副部長は特に気にする様子もなく、鈴木部長を招き入れた。


「せっかくだから撮ってもらおうかな」


「じゃあ本窪田もとくぼた君、撮影お願い」


一言で言い表すなら奈落の底に落とされた気分だ。

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