荒れる図書館

−−図書館


最近昼休みに時間があれば図書館に行く事が増えた。最初は歴史の漫画を借りに行ってたのが、最近は別の目的が増えて、そっちメインになっている。


図書委員の岡田 真実おかだ まみ。他のクラスではあるが、同級生だ。彼女は内向的で読書好きな性格だが、会話をする事で少しずつ打ち解けてきたところだ。


ある日、図書館で本を読んでいると、ふと視線を感じた。見上げると、岡田がこちらを見ているのに気付いた。


「こんにちは、本窪田もとくぼた君。最近よく来てますね」


「最近、読書がマイブームなんだ」


「私は図書委員の仕事でここにいますが自分で読む時間がなくて。今日は何を読んでるんですか?」


「今日はJ.R.R.トールキンの指輪物語を読んでるんだ。でも、映画は見てないからネタバレは勘弁してくれよ」


「分かりました。でもその本も映画も見た事がなくって」


その時、後ろから低い声が聞こえてきた。


「岡田、手が止まってるぞ」


「すみません。ちょっと挨拶してただけで」


「のんびりやってたら昼休み終わってしまうぞ。それまでに返却された本を元に戻さないと」


俺は苦笑しながらも、岡田のやり取りを見守った。


「俺は図書委員の田中だ。そっちは?」


本窪田もとくぼたと言います」


本窪田もとくぼたと聞いて田中の表情が変わった。


本窪田もとくぼたってチェスの交流試合でMVP取ったあの本窪田 涼真もとくぼた りょうまか?」


「俺の事、知ってるんですか?」


「噂程度だけどな」


「MVPは佐藤副部長が勝手につけたものですよ。俺自身は何もしていません」


「それでもあの佐藤に目をつけられたんだろう?」


そうなのか。あの試合で佐藤副部長に気に入られたのか。こちらとしては嬉しい限りだ。チェス部にもある程度は顔を出しておこう。


「仕事終わりました〜」


空っぽになったブックトラックを引っ張りながら岡田が戻ってきた。


「ご苦労さん、じゃあ昼休みの作業は終わりにしようか」


本窪田もとくぼた君は今日は何を借りるか決まったたんですか?」


「いや、まだだけど」


「じゃあ俺がおすすめの小説を貸してやろう」


あんたには頼んでないんだけどな。


「純文学の名作、ドストエフスキーの"カラマーゾフの兄弟"だ」


凄い所から持ってきたな〜。ドストエフスキーって名前を聞いただけでもドン引きだぞ。


「この本を読むと、人間の本質について考えさせられるぞ」


「はい、じゃあ」


ここで断れる訳にもいかないだろう。圧が強いし。


「放課後、時間があったら本屋に行かないか?今おすすめの作品を教えてやるぞ」


「えっと、岡田さんも付いてくるんですか?」


「私はまた図書館の受付しないといけないので、お二人で行かれてはどうでしょう?」


岡田が付いてくるならまだしも、何が悲しくて男同士で本屋にいかないといけないのか。罰ゲームもはなはだしい。


「お前は何が好みだ?ミステリーか?それともノンフィクションか?」


もはや田中の言っている事がどこか遠くから聞こえるように感じた。




−−ある日、教室


本窪田もとくぼた君。ちょっといいかな?」


後ろから女子の声がしたので振り返ってみると、ツインテールの子が一人。


「えっと、誰だっけ?」


「私は入宮だよ。クラスメイト、覚えてないの?」


そういえばそんな子もいたな。後ろの方に座っていたし、誰かと雑談もしていない様子だったので、ほとんど印象に残っていない。ボッチ、そんな言葉がしっくりくる。


「中間テスト対策で勉強教えてほしいのよ」


「中間テスト対策?」


「ほら、本窪田もとくぼた君、小テストの成績凄かったから勉強に付き合ってほしいんだ」


まぁ確かに女子の注目を集めたいから、という不純な動機で予習復習はかかさずやってはいるのだが、こうピンポイントで来たのは初めてだ。


「なんで俺なんだ?他にも頭いい奴いるだろ」


「あぁ、言っても信じてくれないと思うけど・・・」


そう聞くと入宮は答えづらそうに下を向いた。


「嫌なら答えなくてもいいさ。事情なんて人それぞれだし」


「私・・・実は異世界から来た魔法使いなんだ。だから皆が私をさけてるの」


「・・・は?」


こいつはいきなり何を言い出すんだ。理解が及ばない。


「あ、信じてないね」


「当たり前だ」


入宮はシャーペンを手に取って大きく振り上げた。


「だったら見せてあげる。私の!魔法!」


魔法が出せると思ったのか目が輝いた。


「ティラミス・コンニャク・ミルフィーユ!」


魔法の詠唱をした途端、廊下の消火器がボフッと音を立てて中に入っていた消火剤をまき散らされた。


「どうよ私の魔法。調べてくれてかまわないわよ。種も仕掛けもございませんので」


「種も仕掛けもなくていいけど、先生達がこぞって来るぞ」


「大丈夫だよ。魔法って言っても誰も信じないから」


確かにね。俺は溜め息を付きながら廊下の悲惨な様子を見回した。入宮は満足げにドヤ顔している。


「話しを先に進めていいか?俺は勉強を人に教えた事がない。うまくいくかどうかは分からないぞ」


「うん、それでもいい。場所は・・・図書館でいいかな?」


「じゃあそうしよう」


あそこには図書委員の田中 健一たなか けんいちがいる。また変な方向にずれなければいいのだが。今回は同伴者もいるし、さすがにちょっかいを出してもないだろう。いや、逆パターンもあり得るか。この学校の先輩達はいつ出てくるのか全く分からない。




−−図書館


俺は入宮と中間テスト対策の勉強会をする事になった。場所は放課後に図書館。入宮は教科書を広げて、俺が指定した問題を解き始めたが、どことなくぎこちない雰囲気が漂っていた。


「えっと、次の問題・・・これ、どう解くの?」


「ここの文法はこうなっていて・・・」


「うん・・・分かった、多分」


「じゃあこれ問いてみて」


「う〜〜む」


会話が続く時、どうしてもお互いに緊張が伝わってきた。まだ慣れていないせいか、どこかぎこちない感じがする。それは教えている勉強の為なのか、それとも異性同士で気になっているのか。それは分からないが。

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