筋肉と運

交流試合が終わって翌日の日曜日。入学式から怒涛の一週間がようやく終わりをつげた。今日はダラダラ過ごそう。そうしよう。


二度寝でもしようかと再びベッドに横になったが、玄関のチャイムがなってすぐに母親が俺を呼ぶ声がした。一階に降りる階段まで出てくると、ちょうど母親も階段の前にいた。


「どうしたの?」


「清水君ってお友達が来てるわよ」


俺はあやうく階段を踏みはずすところだった。清水と言えば風紀委員の清水 健二しみず けんじの事か?どうやって家をつきとめた?!


「せっかくだ。俺が通っているジムに連れて行こうと思ってな」


家まで来られたのなら逃げられないだろう。外出する準備を手早くすませて清水の後をついていった。


ジムに着いたとき、清水はすでにやる気満々だった。俺は正直なところあまり興味がなかったが、誘われた手前、断る訳にもいかなかった。


「まずはウォームアップだ。ランニングマシンに乗れ」


俺はランニングマシンに乗り、清水の指示に従って速度を調整した。清水は隣でペースを上げながら軽やかに走っている。俺もなんとかペースを合わせて走り始めた。


ランニングマシンのディスプレイには、走行距離や消費カロリーが表示される。普段運動をしていない俺にとって、10分がやけに長く感じたが、清水はさらに20分走り続けた。


「次は筋トレだ。ベンチプレスやるぞ」


清水に導かれてベンチプレスのエリアに移動した。彼は軽くストレッチをしながらバーベルの重さを調整していた。


「最初は軽めでいいからな。フォームが大事だ」


俺は清水の指導の元、バーベルを持ち上げる。最初は軽い重さから始めたが、それでも筋肉に負担がかかるのが分かる。清水はしっかりサポートしてくれた。


「お前もこれ位できるようになれよ。筋肉は裏切らないからな」


ジム通いしてる奴の筋肉万能説はどこから来ているのだろう。こちらは疲れてベンチに腰をおろしたのだが、清水の方はベンチプレスを始めている。ちなみに俺の運動能力についてだが・・・可もなく不可もなく、いたって普通だ。


一時間ほど経っただろうか。俺達は汗を流してジムを出た。


「今日は誘ったからメシをおごろう」


「ゴチになります」




−−ファミレス、タイガーボーイ


清水と一緒に近くのレストランに向かう。身体を動かした後の食事は格別だ。店に入り、席につくと清水はメニューを見ながらニヤリと笑った。


「運動した後はしっかり食べないとな。好きな物頼んでいいぞ」


「本当にいいんですか?じゃあ、遠慮なく」


俺はメニューからハンバーグセットを注文した。清水も同じ物を頼み、二人で待つ。その時、入口から見覚えのある顔が現れた。チェス部の佐藤副部長と、同じ部の2年生である田中 彩奈たなか あやなだった。こちらに気付いた2人は笑顔でやってきた。


本窪田もとくぼた君じゃない。奇遇だね」


「今日は清水先輩に誘われて、ちょっと」


佐藤副部長は俺の向かいに座っている人物を見て"あぁ"と納得した。どうやら清水は毎回誰かをジムに連れて行ってるようだ。


「一緒してもいいかな?」


「清水先輩に任せます」


「いいんじゃないか。多い方が盛り上がるし」


四人席だったのでお互いがつめて二人の席を確保した。なぜか自分の隣に佐藤副部長が腰を下ろす。その時、体験会で鈴木部長とやり合った時の事を思い出した。あの異様な密着感。今にして思えばハニートラップだったのではないだろうか。ハーレムライフを送るには一つの理想形だったのだが、罠だと考えたら背筋がゾクッとする。


「チェス部といえば本窪田もとくぼた、お前いい試合したんだってな」


「いや、まだ体験入部で・・・」


というかそれは昨日の話だ。どこで聞きつけた?この人の情報収集能力はあなどれないな。


「そうなんだよ清水君。本窪田もとくぼた君ってチェス始めて一週間も経ってないのに一番にチェックメイトして周りが驚いたからね」


「偶然ですよ」


「運も実力のうちだよ」


確かに清水に誘われずに家でゴロゴロしていたら佐藤副部長と会う事はなかっただろう。俺のハーレムライフは運も重なって着々と進んでいるようだ。

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