第4話 決着



──強い。


 エリナは苦悶の表情で心中、うめく。


 元より強いだろうとは予想していた。

 本人の自信もそうだが、なんの取り柄も無い人間が神々から使命を授かるとは考えにくい。何らかの突出した能力を持っているに違いないと踏んでいた。


 だが、現実はエリナの想像の遥か上を行った。


「どうした?受けてばかりでは勝つ事は出来ないぞ。」


 防戦一方のエリナを揶揄しながら拳を振るうアルス。

 軽い口調とは裏腹にその拳打は苛烈である。

 目にも止まらぬ速度で打ち出された拳が、盾に構えられた黒剣を強かに打ち据え、握る両手を痺れさせる。


 偉大なる神の加護を受けた魔剣がミシミシと軋み、まるで怯えているようだ。

 それでもエリナは、剣を手放すこと無く、短い呼気と共に反撃に出る。


「ふっ!」


 水平に振られた剣。

 鋭利な軌跡を描く斬撃をアルスは左腕で受ける。

 魔剣アストレアには速く振る程、斬れ味が増す力が施されている。その威力は人体など易々と寸断し、同じく神の祝福を受けた武具さえも切り裂いてしまえる程だ。

 例え、『天恵者ギフテッド』と言えども、直撃すればただでは済まない筈だった。


 しかし、魔剣はピタリと止まり、その表皮すら切り裂く事は出来ない。


「一応、言っておくが、俺の『祝福ギフト』じゃないぞ。単なる魔力操作と素の頑強さだ。」

「それなら、最悪です。」

「くはは、だろうな。」


 忌々しく吐き捨てる後に、鍔迫り合いを終わらせ、距離を取る。

 魔力は障壁の役割を果たす。

 それを使って、肉体を硬化させる技術は確かに存在する。

 だが、魔剣を地肌で防げる程の効果を齎すものでは無い。


 『祝福』である可能性も考えたが、アルス本人の口から否定された。恐らく、嘘では無いだろう。

 その出鱈目を信じさせる程にアルスは埒外らちがいだった。


 特に圧倒的な身体能力は、『天恵者ギフテッド』の中でも上位に位置するエリナでさえ、まるで太刀打ち出来ない。


(となると、得物えものの有利は消えたも同然ですね。)


 フィクションとは異なり、無手の人間が武器を持った人間に勝つ事は難しい。

 間合いの差も有るし、何より武器のようにダメージ無しで『受ける』という動作が不可能だからだ。


 しかし、アルスの全身は実質、鎧に覆われているのも同然なので、その優位は消えたと言っても良い。


(ならば、突くべきは体勢の弱点ですか。)


 戦いの基本は敵の弱点を突く事。

 そして、突くべき弱点は大まかに分けて、二つ。


 一つは敵自身の弱点。『祝福ギフト』の代償や不得意な分野での行動など、文字通り、相手自身の弱みの事だ。


 もう一つの弱点は体勢の弱点。今行っている剣の構えが上段からの攻撃に弱いとか、前を向いているから後ろが見えないなどの、その場の状況によって生じる避けようのない弱点がこれに当たる。


 前者に弱点を見い出せない以上、エリナは必然的に後者に解決策を導き出す他ない。


(ただ、生半可なものでは駄目ですね。戦い方を見るに彼も手慣れている。体勢の弱点を狙ってくることくらい承知な筈。)


 だが、言うは易し。

 熟達した戦闘技能を持つ手練ほど、体勢の不利を囮に使って、敵を罠に嵌めるものだ。何故なら、人が最も無防備になるのは、敵を攻撃しようと舌なめずりしている時なのだから。


 エリナの勝機は張り巡らされるアルスの思惟しいの先、予測不可能な未来にしか無い。


 それでも彼女の足は駆け続ける。

 再度、両者は激突し、荒々しい剣戟の音が静寂へと刻み込まれた。

 

 

          ◇

          

          

 

「思ったより耐えるな。」


 制限時間残り一分。

 それまでには倒せるだろうと勝手に予想していたが、エリナは未だ無傷のままだった。


 だが、その姿は華麗とは程遠い。幾度となく地面を這ったことで修道服は土に塗れ、端麗な美貌は息することさえやっとのように痛苦に歪められている。


 対する俺は同じく無傷であるが、服の汚れ一つ無い。


 明暗はっきり別れる形となっている。


「随分と余裕な発言ですね。もう勝ったつもりですか?」 

「あぁ、このまま順当に行けば俺の勝ちだ。」 


 きっと眦を釣りあげ、睨みつけてくるエリナに、悠々と言葉を返す。

 彼女の太刀筋はもう見切った。どれだけ魔剣が鋭くても当たらなければどうということはない。


「それとも何か策があるのか?」

「はい、その為にここまで来ました。」


 力強く答えるエリナ。

 馬鹿正直に答える必要性など普通は無い。

 つまり、気付いていても避けられない自信があるという事だ。


 そして、ここは山の裏側。激しい戦闘を繰り広げた結果、戦域がここにまで伸びてしまっていた。

 脳裏に一つの考えが閃き、俺はハッと目を見開いた。


「まさか・・・・・」

「気付きましたか。ですが、もう遅い!」


 力一杯、震脚する。

 超人の如き脚力は、文字通り、この山を鳴動させた。

 足場がぐらりと揺れる。緩やかな傾斜を描く大地がズズズと重力に引かれるように滑り始める。その勢いは徐々に強くなり、やがせきを切ったように決壊する。


 地滑り。地震などを切っ掛けに引き起こることもある土砂崩れの一つだ。


「くっ、これを狙って、村に被害の及ばない山の裏手まで俺を誘導していたのか!?」


 苦しげに呻く。

 さしもの『天恵者ギフテッド』も足場が無ければ、立つことは出来ない。揺れ動く大地に悪戦苦闘し、ふらふらと身体を揺らす。


「えぇ、そしてこれで終わりです!」


 土砂崩れを予め計画していたエリナは、動けなくなる前に吶喊とっかんし、最後の攻撃を仕掛けてくる。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 裂帛れっぱくした叫びと共に振り下ろされる星空の魔剣。

 ここで決めると彼女の気迫が乗せられた渾身の一斬が流星の如き軌跡を描く。


「舐めるな!」


 その軌道、機微タイミング、威力、全てを読み解き、俺は両の手で挟み込むように斬撃を止めた。


 真剣白刃取り。

 凡そ、実現性が無いと言われている達人技を、この土壇場で決めてみせた。


 だが、俺は失念していた。

 彼女は使命を授かりし巫女であるということを。

 そのまま押し切ろうと力を込めるエリナに対抗して足を踏ん張ろうとした瞬間、その足場が一際大きくぐらつき、俺は態勢を崩す。


 その隙をエリナは見逃さない。全ての力を振り絞るように腹の底から雄叫びを上げる。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 魔剣は固く閉じられていた両手をこじ開け、俺の胸を袈裟に斬り裂く。

 刻まれたのは肉を浅く切り裂いただけの掠り傷。

 魔剣をして、俺の肉体に傷を付けるのは困難を極めたようだ。


「くそっ、見事だ。」


 それでも、この決闘はエリナ・ユーウェンの勝利であり、この傷は俺の敗北の証であることには変わりがなかった。

 

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