第3話 決闘





 先生の家は人の滅多に寄り付かない山奥に有る。

 切り開かれた土地の近くは鬱蒼とした森が広がり、龍の咆哮さえ飲み込むような静寂に包まれている。

 誰にはばかることも無く、決闘するにはおあつらえ向きの場所だ。


「制限時間は十分。それまでに一撃でも当てることが出来たら、ユーウェン様の勝ちになります。異論はありませんね?」

「ない。」

「ありません。」


 審判を務める先生が仕切りを行う。

 その向こう側には星屑をちりばめたような黒の広刃剣ブロードソードを握るエリナの姿が有る。

 対して、俺は身の丈を優に超える大剣を手にしている。

 魔力によって強化された身体能力は、常人では持ち上げることさえ困難な武具を小枝のように片手で扱う事を可能にしていた。

 もっとも、俺の見立てが正しければ、武器の性能は彼女の方が上だが。


「それでは始め!」


 始めに動いたのは、俺ではなく、エリナ。

 響き渡る開幕の声を切り裂くように、彼女は空気の壁を突き破って、瞬く間に距離を詰める。そして、勢い良く刺突を繰り出した。

 黒い剣閃が宙を走り、大剣にぶつかって軌道が逸れる。

 キラリと星屑の輝きのようなものが宙に瞬き、凄絶な威力を物語るような金属音が遅れて鳴り響いた。


「大した威力だな。」


 手に伝わってくる剣戟の重みを讃える。受け太刀しただけなのに大剣が刃毀はこぼれしている。


「ふっ!」


 既に言葉に意味は無い。

 そう告げるようにエリナは立て続けに剣を振るう。

 舞い踊るような華麗な足捌きを披露し、金色の髪と修道服を靡かせる。

 その度に黒の剣閃が宙を駆け抜け、怒涛の如く攻め立てる。


 俺はその悉くを弾き、逸らし、躱し、事なきを得る。


 そして、タイミングを見計らって、大剣を振るった。

 逆袈裟に振り上げる反撃カウンター。龍が唸り声を上げるような風切音を鳴らす斬撃を放つ。


 当たれば巨岩すら打ち砕くだろう一撃を、エリナは黒剣で易々と受け止め、すかさず距離を取る。

 バックステップが終わり、彼女の踵が地面に降り立った時、バキンと何かが壊れる音が響く。

 パラパラと地面に降り注ぐ白刃。先の一撃で寧ろ、俺の大剣の方が損傷を負っていた。


「その剣、やはり魔剣か。」

「はい。星剣アストレア。この使命が課せられた際に特別に下賜された星神ステラ様の加護が付与された魔剣です。」

「よりによって七貴神の加護か。こっちの武器が先に壊れる訳だな。」


 魔剣とは神々の力が特別に付与された武具の事だ。

 荒く言ってしまえば、俺達『天恵者ギフテッド』の武器版である。

 基本的に使い手を選ぶ性質があり、誰もが使えるものでは無いのだが、使命を賜ったエリナは別らしい。完全に使いこなしている。


「・・・・・不公平だと思いますか?」


 気後れでもしているのか、エリナは逡巡じゅんじゅんを露わにした。涼しげな眉間が曇り、可憐な唇もきゅっと結ばれている。

 片方が著しく強い武器を持っている現状に強い不公平感を抱いているのは嘘では無いようだ。

 俺はその懊悩を鼻で笑った。


「まさか。その準備を含めて、決闘だろ。それともこの戦いは、皆横に並んでゴールするお遊戯ゆうぎか?」


 そうではない筈だ。

 誰もが今持っているものでしか戦えない。

 その中で全身全霊を尽くし、決着を付けるからこそ、敗者は敗北を噛み締め、矛を収められる。

 同じ武器、同じ能力、同じ体型、同じ練習量、負けた時の言い訳を封じるような平等の先には何も無い。

 決闘に必要なのは、万人にルールが適用される公平さのみだ。


「それに魔剣の一本や二本で勝敗を譲るほど俺は安くない。」


 その言葉を皮切りに俺は攻勢に出る。

 音を置き去りにして移動し、大剣を一閃。咄嗟に構えられた防御ごと彼女の身体を薙ぎ払う。

 エリナは踏ん張りを効かせて、何とか堪えようとしたようだが、耐えきれず、鯨波の勢いで吹き飛ばされる。

 数回地面をバウンドして転がる彼女に向かって、槍投げの要領で大剣を投擲する。


「っ!」


 無理矢理、身体を起こしながら、星剣を振り上げて、乾坤一擲を弾き飛ばすエリナ。

 そこに生じた僅かな隙を見逃す事なく、俺は彼女の間近まで接近し、腹部へと拳を叩き込む。


「ぐっ!?」


 ミシリと小枝が折れたような音を幻聴した。

 彼女の身体は風に乗せられた木の葉の如く容易く吹き飛ばされ、数メートル先の大木に衝突して、停止する。


 常人ならこれだけで内臓が破裂して死に至るだろうが、『天恵者ギフテッド』の肉体は頑健な上に、魔力が擬似的な障壁バリアの役割を果たすので、致命傷を負いにくい。

 彼女も五体満足を保っていた。


 だが、流石に堪えたのだろう、その美貌は苦痛に歪んでいる。

 殴った手応え的に、骨の一、二本は折れている筈だ

「あぁ、そういえば、お前にはそれがあったな。」


 殴った部位が薄緑色の光に覆われるのを見て、改めて彼女の『祝福ギフト』を再認識する。

 どうやら傷付いた部分を【神命の祝福】を使って癒したらしい。


 庇うように丸めていた背を伸ばし、再度、武器を構え直すエリナ。

 その表情にもう迷いは無い。

 力強い光を宿す双眸が、不屈故の不滅を高らかに謳っている。


 『天恵者ギフテッド』の耐久力に加え、『祝福ギフト』による自己再生。

 恐らく、あの能力がある限り、彼女が倒れる事は無いだろう。


 とはいえ、余り厄介だとは感じていない。

 能力を発動させる種類タイプの『祝福ギフト』には必ず使用限界が有る。より厳密に言うと、肉体が『祝福ギフト』に耐えられなくなる瞬間が訪れる。


 それまで一方的に叩きのめせば良い。

 俺は徹底した蹂躙じゅうりんを開始した。

 




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