第2話 『祝福』
目覚めは最悪だった。
頭の中で何かが暴れているような鋭い頭痛が起き抜けの意識を襲い、全身に倦怠感が重たくのしかかる。
恐らく、眠り過ぎた結果だろう。
額に手を当てて、痛みを和らげるように指圧する。まったく良くなる傾向はないが、何もしないよりは気が紛れる。
というか、何で眠ってたんだっけ?
「起きましたか?」
その答えはすぐに返ってきた。
声の方を振り向けば、本を片手に椅子に座るエリナの姿が有る。
咄嗟に大声が出そうになったが、ズキリと頭痛が走り、声が止まる。
「頭が痛いんですか?」
「何処かの誰かがドロップキックをかましたせいじゃないか?お陰で気を失ってたみたいだし。」
「安心してください。外傷が無いことは確認済みです。それに例え、頭を打っていても、私の力が有れば、大事に至ることは有りません。」
どういう意味だ?
そう考えたのも束の間。彼女は腰を椅子から離し、寝台に寄りかかるようにして俺の額へと手を伸ばす。
「お、おい!」
「動かないで。」
子供に言い聞かせるように言う。
白い指先が俺の額に触れると、薄緑色の光が瞬いた。
すると、頭痛は潮が引くように薄れていき、完全に消え去ってしまった。
俺の表情から苦痛の色が抜けたのを確認し、椅子にかけ直すエリナ。
涼し気な様子の彼女を注意深く観察しながら俺は口を開いた。
「回復系の『
「はい。【神命の祝福】と呼ばれています。」
『
その力を授かった『
異能の種類は千差万別であり、彼女が齎した癒しの力も、その内の一つだった。
「『代償』は?」
低い声で問う。
『
未来を見通す者は視力を失い、獣の力を手にした者は人の形を失い、心を読み解く者は己を失う。
まるで人の身に余る力を手にした報いであるかのように、対価が要求されるのだ。
中には殺人欲求であったり、周囲を巻き込む類のものも有る。なので、念の為に聞いておきたかった。
「その質問には答えかねます。」
「・・・・・まぁ、それもそうか。」
『代償』は言わば、『
殆ど無敵に等しい『
「なら、状況だけ説明しろ。どうしてお前が俺の部屋にいる?」
「あの後、貴方が気を失ってしまったので、私が貴方のお師匠様の元まで運んでおきました。ついでに貴方が旅に出る許可も貰っています。」
「はぁ!?何勝手な事を言ってるんだ!」
堪らず声を荒らげる。
頭痛を消してくれたことは感謝するが、それとこれとは話が別だった。
しかし、そんな声もすぐに威勢を失う。
「勝手では有りませんよ。とても大切な事です。」
先生が部屋に入ってきたからだ。
彼は白髪の壮年男性で、『
その事を端的に表しているのが彼の下半身。
人間の上体とは異なり、腰から下は馬の肢体であり、
神に与えられた『
震える声音で俺は彼の名前を呼ぶ。
「ケ、ケイ先生。起きてらっしゃったんですか?」
「えぇ、君が起きるのを待っていました。」
ケイ・アンソロープ。それが先生の本名である。
彼はにっこりと物腰穏やかな微笑みを浮かべているが、その灰色の双眸はまるで笑っていない。俺を徹底的に理詰めする時によくする表情だった。
「アルス、君は先程、勝手な事と言いましたが、教会から助力の要望があった事を後見人である私に伝えないのは、貴方の勝手な判断では無いのですか?」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!俺はさっきまで気を失ってました!伝えようにも伝える手段がない!」
「ほう、それなら起きていれば伝えていたと。それならユーウェン様が私に報告した事も責めることでは有りませんね。」
「ぐっ!」
「
「ぐぅぅ。」
「そうですよね?」
「ハイ、ソウデス。」
遂にはぐぅの音も出なかった。
俺は現在、先生の元に預けられ、彼の元で生活をしている。その先生に何の断りもなく、自分勝手な判断を下すのは、先生に対して著しく礼を失している。
「・・・・・随分、大人しくなりましたね。」
がっくりと項垂れる俺に、エリナは目を瞬かせ、きょとんとしている。まるで狂犬と思っていた存在が可愛らしい子犬だった時みたいな拍子抜けした表情だ。
「何か言ったか?」
「いえ、何も。誰しも頭が上がらない人の一人や二人いるものだなと思っただけです。」
「良い性格してるな、お前。」
「神に仕える身ですから。」
しれっとしたまま言い放つエリナ。
俺は殺気すら篭った視線で彼女を睨みつけたが、先生の咎めるような眼差しに気付き、慌てて辞めた。
呆れを含んだ嘆息を一つ漏らし、先生は話を戻す。
「あくまで私個人の意見ですが、君はユーウェン様にお力添えすべきだと思いますよ。少なくとも、使命を避けるべきとは口が裂けても言えない。」
「神々からどのような神罰が下るのか分からないからですよね。分かってます。」
神々は
とある魔物を倒せだとか、隠された秘宝を見つけろだとか、内容は様々。唯一、共通しているのは、人類の発展に大きく関わる事柄であるという事だ。
つまり、使命から逃れるということは、人類に背を向けるのも同じだ。
実行すれば、大陸全土の人々から石を投げられ、最悪、神々から神罰を下される事になる。
エリナが驚いていたのも、そもそも手伝わないなんて選択肢が用意されていないからだ。
「それならどうしますか?」
先生は腕を組んで、俺の答えを待つ。
同様にエリナも固唾を呑んで、成り行きを見守っている。
重たい沈黙が俺に選択を迫っていた。
(俺の人生はいつも『
やるせない想いを言葉に変えて、胸の奥底へと沈める。
そこになら幾ら捨てても、誰にも文句を言われることがないと、これまでの経験から良く知っていた。
暫しの沈黙を経て、覚悟を決めた。
「先生がそうまで言うなら、引き受けます。でも、行くとしても一人で行きます。他の人の手助けは必要ないです。」
「それは・・・・・」
先生は返答に窮した。
自ずと視線はもう一人の当事者へと集約する。
「それは、私の実力を疑問視しての事ですか?」
意外な事にエリナは毅然としていた。
背筋を伸ばし、待ち構えるかのように、俺の視線を受け止める。
これなら気を使う必要は無い。
それは彼女の心の強さを再評価した上での認識だった。
「その通りだ。」
「私は貴方と同じ『
「『
勿論、裏切ったりすることは無いだろうが、それでも生死を賭けた場面で彼女の能力を信じる事が出来ないのであれば、それはやはり足手纏いだ。
本気であるが故の苛烈なまでの本音である。
それをエリナは真っ向から受け止める。
「それなら剣を持って示す他ありませんね。」
可憐な唇が口ずさんだ言葉に俺は面食らった。
まさかそう返してくるとは思わなかったからだ。
「決闘です。それで白黒付けましょう。」
白刃を突き付けるように言う。彼女の全身から溢れる気迫は凄まじく、存在意義全てを懸けているようだ。
「分かった。一太刀でも浴びせる事が出来たらお前の力を認めよう。」
その覚悟に応えないのは不義理である。
俺もまた全身全霊で戦うことを誓った。
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