覇者の祝福
沙羅双樹の花
第1話 プロローグ
『祝福』とは『呪い』の裏返しである。
神に愛された証は、恩寵を受けた者を、運命の鎖で縛り付け、否が応でも、その絶大なる力と向き合わせる。
時に天啓のように人の手助けをし、時に悪魔のように人の心を惑わす。
そうして、当人を含めた周囲の運命を容易く歪めてしまうのだ。
故に、神からの『
その人生に平穏は無く、常に『力』と『代償』に振り回され、運命に翻弄されるかの如く、波乱万丈の軌跡を歴史へと刻み込む。
そして、これからするアルス・カイオスの物語も、そんな数奇な運命を辿った英雄譚の一つだった。
◇
俺が初めて罪を犯したのは、八歳の時だった。
当時の俺は、テュロス王国の次期後継者として相応しい人間になる為に、稽古漬けの日々を送っていた。
稽古は苛烈を極めた。失敗すれば、叩かれるのは当たり前。食事を抜かれることも少なくなかった。
そんなある日、俺は事件を起こした。音楽の授業中、リノスという男に殴られ、失神してしまったのだ。
そして、『
次に目を覚ました時、俺は血塗れで立っていた。俺の傍には見るも無惨な姿で倒れているリノスの姿があった。
その後、俺は別の先生の元に預けられ、事実上、第一皇子の地位を追われた。
だから、誓ったのだ。
これから二度とこの力は使わない。誰にも知られることなく、この辺境の地でひっそりと生きよう、と。
そんな俺の世界に、彼女は、エリナ・ユーウェンは唐突に現れた。
「貴方がアルス・カイオスさんですか?」
「そうですけど、何か御用ですか?」
丁度、小麦と肉を交換しに
何時も取引を仲介してくれる村長が、俺を半ば強制的に教会へと連れ込み、エリナと
彼女は可憐な少女だった。
華奢な肢体を包み込む修道服には動きやすいように改造が施されていて、また頭巾も被っておらず、零れ落ちる金砂のような髪が背へと流れる。
本来、神に仕える者としてあるまじき格好である。
だが、豊かに盛り上がる胸元に居座る
それは、偉大なる七貴神の一柱、星神ステラから神託を授かっている証。
普段は温厚な村長が、無理矢理、俺をここに連れて来たのも、彼女の色仕掛けにやられたからではなく、神に選ばれし巫女に頼まれたからだろう。
まぁ、俺からすればそんなの知ったことでは無いので、返す声音は辟易とした響きを帯びていた。
「私はエリナ・ユーウェン。今はグランノーツ教の使徒の任務に就いています。」
そこで緊張感を孕む息を吐き出し、小さく息を吸う。白魚のような手は祈るように胸元へと伸ばされ、ペンダントをきゅっと握る。
そして、彼女は意を決した。
「単刀直入に言いましょう。私と共に来てください。貴方には果たすべき使命が課せられた。」
少女は真面目くさった表情のまま告げた。その蒼の双眸の奥には使命の光が煌々と燃えている。
今の俺がとうに失った光だ。胸の奥で何か重たい感情が渦巻くのを感じた。
「・・・・・それは神々が俺に何かしらの『試練』を与えようとしているという認識でよろしいでしょうか?」
「はい、その通りです。」
「そうですか、それなら──嫌だね。お前らだけで勝手にやってろ。」
年甲斐もなく、嘲笑うような笑みと共に吐き捨てる。
これはせめてもの意地だ。
決して子供の頃にこうなりたいと願っていた訳では無いが、俺は俺の生き方を定めたのだ。今更ながらに差し伸べられた手に縋り、それを捨て去る事など俺の矜恃が許さない。
確固たる信念を持って彼女の頼みを退ける。
「え?」
思いがけない言葉にエリナは唖然としたようだった。
大きく見開かれた眼が彼女の驚きの大きさを何物よりも雄弁に物語っている。
俺はそれを鼻で笑い、踵を返す。
実に胸が空く思いであった。その感情が歩調にも現れ、堂々と勇ましく教会の出入口へと向かう。
その心は、両開きの扉を力強く押して、選んだ道の先に進むことを夢想していた。
浮かれていたのだ。
だから、自分の足跡に気を取られて、タッタッタッと助走を付けるような足音が後方から近付いて来ている事に気が付かなかった。
「待って下さい!」
「ぐはっ!?」
背中に物凄い衝撃が走る。
荘厳な彫り込みが為された両開きの扉の手前、俺は彼女に蹴り飛ばされ、勢い良く外の世界へと放り出された。
これが、長く続く冒険の始まりの第一歩だった。
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