愛情の計算~10代から20代に書いた詩~

天川裕司

愛情の計算~10代から20代に書いた詩~

「男に生まれた夢。」

〝何故、逃げる必要があるのか。〟普通に考えれば、理にかなう。その引き金は、ただの臆病、そして法律。利口な奴が勝つようにできているこの世界。おれはその利口な奴にはどうしてもなりきれない。今まで何度か、そうなってしまいたい、と祈ってきた。だがどうしてもなりきれない。もうひとりのおれ(プライド)が許せなかったんだろう。〝他人(ひと)を頭からバカにするおれ〟は今も生きている。けど、それじゃ、この先社会ってのからはじかれる。目に見えている。何かをふりきらなきゃいけない。おれが思うように生きるには、何らかの犠牲(リスク)が必要だ。自分を強く信じる、しかない。たとえ、まちがいの連続で、他人から疎外されて、自分でも嫌になりそうになっても、信じきって生まれた不条理を壊さなきゃいけない。〝生まれた喜びをひとりで喜べるようになるまではむずかしい。〟そう思っていたおれが、ただの自閉症だ。そのためには無神経になっても仕方ないってことさ。おれは男に生まれた。


「愛情の計算」

人はロボットより、優れているものかも知れない。「やさしさ」を胸に秘めた時点で、よく考えてみるがいい。その時にすがりつきたいのが人間か、ロボットか。よく忘れてしまうから、その前に言っておこう。


「中村雄二郎氏より」

ものを考えないで過ごす時期もあるだろう、と聞いて、(君は)赤ん坊の頃の事を思い浮かべるか、それとも、心奪われて何かに夢中に生きている時の事を思い浮かべるか。しかし、どちらに行き着いても、君は、人間に変わりがない。


「文章につき。」

ひらがなで書けば、しゃべり言葉の様にも聞えてしまうもの。


「映画。」

 映画は夢である。動く台詞に、見る者各々の理想が転がり、又動く俳優の動作に、見る者の感動の手足が、適当に散らばってゆくのである。それから、見る者のその心を端(ハタ)から見ているその者には、例え同じ映画を一緒に見て居ようと、自分の思惑が邪魔をして見ることは出来ない。俗に言う、偏見である。それ故に、通り一遍の人がその映画を見ていても、誰にも邪魔はされないという事である。台詞一つに感動覚えるのも良し、動作一つに感動を見るのも良し。そこに居る人達には、その各々の色付いた世界の光が付いてまわる故に、そこに居る外界の、誰にも屈服する事もなく、今日も何気なく映画を見る事が出来るのだ。


「歯車。」

 懐かしい風が吹いた。窓からでも見えそうだった。母親がいて、父親が向うにいて、小さいながらに遊び友達がいて、それらを馬鹿にする現代(イマ)の風からは、想像もつかなかった。見栄坊だった。

 風車が父さんの背中でまわって、母さんがわたがしを買って、私の方を見て微笑っている。しかし、みるみる内に金魚すくいがきえて、リンゴアメがきえて、そしてとうとうその屋台全部がきえてしまった。大人の事情がどういうものであるかは知らない。しかし、子供の夢までも、理想に生きようとする本来の期待までも消してしまうのは、とても見苦しいもののように思える。子供と大人とでは、暗闇を挟んだ二つの壁において、離れなければならぬものなのか。私の心の中で、今小さくまわっていたお祭り用の歯車は、風がせき止められてまわることを忘れてしまった。今は又、風が来るのを待っている。


「口。」

 多くの人がもっているものだという。そこからは言葉というものが出て、人に感情を与えたりするものであると、人が言う。しかし、その口から出た言葉で人は救われて、又人を呪う事もあるのだと。それだけ人は、口にも劣る脆い者だという事を、日々、人は見ているのかも知れない。


「銀色の口びる。」

 腹痛に悩んだ彼は、一旦、筆をおいてお便所へかけ込もうとした。未だきっと、この以前に引いた風邪が完治していないのである。仕方がなかった。時計は夜中の三時をさしていた。もう、寝ていい頃である。そんな時、ふと、彼は学友のMの事を想ったのだ。 

それはいかにして、この現実から冷たく吹き荒れる、銀色した自然の風から、この身を避難させるかということにも近かった。出来るだけ無駄の行動は避けたいと考えていた。明日は、文字通り、学校の授業があった。それを無視するのは、出来なかった。金閣寺の映っている葉がきを見た、きれいに映っている。だけどもはや、この部屋に居る彼とは、関係も何もなかった。又、友人のかいて送ってくれた四月の初めの元気な葉がきが、そこの枕元上の棚にぽつんと置かれてあった。これから、もしかすれば、そいつからいつか電話が掛かってくるのかも知れない、とそんな予感をさえ想わせてくれるような、手紙だった。それは大事にしておきたいと、思った。何せ、このご時世である。

 秋の深まった、もうすぐ冬を思わせるような、そんな白いとうめいの北風が、彼の居る部屋の窓を、思いきり叩いた。彼は、どうしたことかと思い、友人を思っていたその空想をかき消して、ガラと、ガラス戸を開けた。そこには見たこともないような、宝の様なものが満ちている。天使の口付けた、白い紙の上の唇の跡だった。彼は何やら知らぬが、嬉しくなって飛び上り、二度三度、その銀色に飾られた縁の中のキス・マークをじっくり見つめて、自分への信頼を自分でもう一度立て直した。それは、彼を救ったのである。結果的にそうなった。誰か知らぬが、この窓淵まで運んでくれたこの母性愛が、この時の彼には丁度必要だったのである。その縁があまりに銀色過ぎたため、そこにある唇も銀色に見えた。未だに、腹痛は、変らず続いていた。階下から、誰か上ってくるが、この時の彼の知った事ではなかった。彼は唯、この唇の跡を、何度も何度も、見つめているだけなのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛情の計算~10代から20代に書いた詩~ 天川裕司 @tenkawayuji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ