第5話
夏の湿気を行き渡らせてしんなりとしたポテトはゴム人形みたいな手触りだった。
「え、これ絶対できてから時間経ってるやつじゃん」
とわたしが言うと、即座にポテトをつまんだクリュウはお行儀よく噛んで飲み込んだあと、
「ほんとだ」
と異物を飲み込んだリスみたいな、間抜けな顔をして応じた。柔らかに歯を受け止めたフライドポテトは水っぽくたるんだ外側が破られずに粘っていたけれど、ぶすりと歯が通るとなめらかにしめった芋の味が広がった。塩っけの鋭さもまるくなっていて、それはそれで悪くない気がした。もう一本と手を伸ばすと、
「え、いよちゃんこれいけるの?」
「思ったより悪くなかったかなって。え、そんなに無理?」
「……これはちょっと」
ガヤガヤと騒がしい店内なのに、用心深くささやくように答えるクリュウの言葉は全部聞き取れなかったが、否定的なのは表情の曇り具合で読み取れた。
オーダーが空間を突っ切って通るような声で渡されていく居酒屋で、キッチン近くのわたしたちの席には、「3番さんからあげできました〜」という掛け声が届く。
「このテーブルは何番なんだろ?」
「多分これじゃない?」
とクリュウはテーブルの側面にある16の番号を示す。
「16番、ドリンク出ます!」
タイミングよくビールが配られ、わたしたちは小さな答え合わせに意味ありげな視線を交わす。料理には少し適当なところもあるけど、酒の提供はすばやく安く、つまみとしては充実していて過不足なかった。
赤く染まった頰で、ゆったりと身体を左右に揺らしながら、クリュウが口をひらく。
「いよちゃんはさあ、なんでおれに執着するの?」
心臓が嫌なふうに跳ねた。
「執着なんか」
「してるじゃん。現にこうやって会いに来たりさ。断れば普通に帰ってくれるし、SNSに個人情報晒したりとかもないしさ。ふつうにしてきたけど」
みしみし、みしみし、自由落下の不快感が胃を押し上げる。
「最近家まで来たりするじゃん。でもこっちに対する感情がよくわかんなくて」
「なんで今日なの。なんで今までふつうにしてくれてて、今日それ聞いてきたの」
「いやあなんか、絵描いてる女の人の絵、あったじゃん」
鮮烈にあの絵と、それにともなう嫌悪感が蘇る。
「ほら、その顔。いよちゃんが絵見てた時も、もんのすごい顔しててさあ。そんなふうに反応するんだ、感情があるんだーって思って」
「それでなんとなくずっと言いたかったこと、今日なら言えるかなって」
「おれたち、確かに母親同士仲良いけどさ、別に友達でもなんでもないよね」
不快感が現実の臓物にも押し寄せて、怒涛となって吐き出した。
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