第4話




 美術館に着くと、クリュウはちょうどロッカーに荷物を仕舞っているところだった。

「クリュウ! お待たせ」

「いや、待ってないよ、大丈夫大丈夫。あ、ねえ見て、こないだ撮ってくれた動画。なんかボツ動画の方がバズってる」

 親指の腹と四本の指でスマホを挟むようにしてこちらに開いている画面には、Beforeとスタンプのついた寝起きのクリュウの動画が勢いよくバウンスしてAfterに切り替わったあと、困り眉エフェクトのかかった自撮りに「なんか違くない?」という合成音声を被せたカットが加わっている。コメント欄を開くと、

 いや、寝起きかわええすぎる

 クリュウくんぬいぐるみと寝てるの?むりすぎ(うるうる目の絵文字)

 確かにこれはなんか違うwww

 と賑わっていた。

「ほんとだ、めっちゃ回ってるね」

「ね、よかった。ありがと」

 今日のクリュウはドクターマーチンの堅牢そうなブーツに、幅広のワイドパンツに腰蓑みたいなレイヤーがついている布布しいボトムス、襟が細長く尖ったノースリーブのシャツにゆるく羽織った奇抜な柄のスカーフは複雑怪奇な結ばれ方で、少し周囲を圧倒するような感じがした。

「なんか、戦闘力高そうだね今日」

「そうそう、強さ重視で決めた。いよちゃんも荷物預ける?」

「わたしはいいかな」

「そっか。ねえ、展示は別々に観たいんだけど」

「わかってるって。終わったらこの建物の向かいにある居酒屋で会おう」

「わかった」

 近現代の人物画の展示だった。青に没入する、背骨が切り開かれているように見えたのは背広のセンターベントの窪みだった。輪郭もあいまいな二人の男の抱き合う手が背中に溶け込んでいく。毛足の長い赤絨毯にはだしの足先を埋めている白人家族がこちらを無音で見つめている。ふわふわとした栗毛が日射しに照って金色に光る女が、こちら側に視線をやっている。表情は真剣ながら、医者がモニターに意識をやりつつ患者を向くような微妙な拡散があり、手元に備えた絵筆も相まって強く「観察されている」感じが、どうしようもなく不快だった。展示に向けていた集中がふっと途切れて、近くのカウチに腰掛ける。ぼーっとしているとクリュウが視界に入った。わたしの嫌った絵のところでさっきからずいぶん長く足を止めている。しばらくすればまた続きに戻れると思っていたのに、周りの絵を眺めてももう何も思えない。普段なら足を止めていそうな作品も、足を踏ん張るようにしてなんとか鑑賞の体裁を取っているばかりで、その記憶は脳の中ですでに明滅して消えかけている。

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