第2話

 平日の昼下がりとはいえ夏休みシーズン真っ盛りの今日、大通りは行き違うにも人を避け人を避けして進むようなありさまだった。

「そっか、夏休みかあ。普通に混んでるね。調べたとこも空いてないかなあ」

「どうだろう。お昼の時間ちょっと外れてるしなんとかなるんじゃない?」

「路地裏っぽいしとりあえず行ってみようか」

 目的の場所には「台南小路」と文字入れされた提灯の周りに、小さな台湾の旗がふよふよと揺らめいていて、通り抜けるのにもワクワクするような感じがした。

「え、いいじゃんここ。インスタ用に写真お願いしてもいい?」

 カメラに対して身体を横にして、近くの提灯を指差しながら、顔だけ楽しそうな表情でこちらに向けている。左手は自然に革鞄を握っていて、ほんとうにたった今通りかかったようなショット。何枚か撮って渡すと、

「うん、いい感じのオフショット感」

 と何事もないようにスマホを受け取る。クリュウを撮るのに腕は必要ない。撮れる写真が見えているみたいに、画角も構図もクリュウが決める。

 路地を抜けて、クリュウなら少し屈んで通るような高さのドアの先、窓のない空間に一つの円卓と小ぶりなテーブルが詰められたようなのが目的の店だった。席はほとんど埋まっていて、気を抜いて料理を頼みすぎると皿を並べる隙間もなくなりそうな小ぶりのテーブルに通された。「3匹のくま」で子どものクマが座るのに似た小さな椅子は、一方に体重をかけるとがたんと傾いたし、テーブルの上に肘を置くとべたべたした。全体、おばあちゃん家を思い出すような温かみと雑然とした生活感があって、壁際に寄せたテーブルにカテゴライズ不能な雑貨ともゴミとも言えるようなものがまとめてあったり、微妙に趣味の悪い広告ポスターが不恰好な位置に貼ってあったりしたし、実際店主はほつれた赤いエプロンを着け、重力の重みに背が縮み始めたような、老婆と言って差し支えない様子だった。

 宣言通りの三品を頼むと、そこはきちんと町中華の常を守って出来立てのものが素早く出てきた。醤油皿にはせん切りにした生姜がひたされていて、生姜を小籠包と一緒に箸に挟んで口に運ぶと、お馴染みの熱い汁が吹き出す瞬間のあと、あんの肉感が澄んだ辛みと混ざってするりと呑み込まれていった。

「求めてたもの食べれた?」

「うん。このノリちょうどいいや」

「小籠包おいしかったね。おれ水餃子も食べたいな。追加で頼んでいい?」

「ぜんぜん。頼んだの、わたしの食べたいものばっかでごめん」

「いいよ」

 水餃子はあいにく、水道水の臭いがニラと悪魔合体して後味が悪かった。

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