眠れぬ夜とシリアルキラー

「どう、眠れそう?」

「ん……いや、まだギンギンだね」


 お互いに自分の考えとは違う行動をして、それでもってさらにドキドキしてしまって。でも、彼らはまたお互いに、『相手も緊張している』だなんて思っていない。

 ――今更、莉緒を相手に緊張したなんて言えるか。

 ――今更、霜を相手に緊張したなんて言えない。

 こういうことだ。


「フフっ」

「ど、どうした?」

「いや、なんかね……」


 ふと、笑った莉緒。


「私たちが出会ったばかりの頃を思い出しただけ。いや、同じクラスになったとかじゃないよ? 〈純潔の悪魔〉と、ってこと」

「それはわかってるさ。……で、思い出してどうした?」


 補足として、二人は高校二年で同じクラスになっている。それが四月だとして、〈純潔の悪魔〉との出会いは五月。それまで接点は一切なかった。


「最初はあなたのこと、ただのサイコパスだと思ってた」

「俺も莉緒のこと、おもちゃだと思ってた」

「でしょうね。……今じゃそれが、なぜかこうして同じベッドで寝てるんだもん。そりゃ、想い返したら笑っちゃうよ」


 おかしな関係の初期と今では、雲泥の差である。


「この二か月で、物騒な事件に巻き込まれて、犯罪の片棒担がされて……あなたのお母さんのことを聞いて。――ほんと、散々だったなぁ」

「でも、楽しかったでしょ?」

「まぁね。フフっ」

「ハハハっ」


 今度は二人で笑う。気まずい空気感が、少しだけ和らいだ。

 次いで、莉緒が言う。


「それじゃあ、次は何するの?」

「また次のターゲットを見つけて、始末する。俺のやるべきことをやるさ」

「……そっか」


 少し悲しそうに、莉緒は納得した。

 やはり、犯罪の話になると俯く。霜の活動を口では理解したように言っても、本当は嫌なのだろう。彼女は〈悪魔〉ではなく、普通の女の子なのだ。

 だから、訂正しよう。


「――でも、莉緒だって楽しめなくちゃな」

「じゃあ、今度は二人で何かしよう」

「そうだな……あ、夏祭り! 再来週、学校の近くでやるだろう? そこに行こう!」

「いいね、行きたい!」

「決まりだな」


 次の予定は決まった。

 楽し気に、ここまでの軌跡を思い出す。

 けれど二人は知っている。……この関係は、そう長くは続かないことを。


「来年には、母さんの仇が出所する。その時になったら、何が起こるかわからないから……それまでに今を楽しみたい」


 いずれは終わるとわかっているからこそ、今を大切にしたい。

 この二人は、そもそも生きる世界が違ったのだ。彼は親を失い、悪を狩り続けるシリアルキラー。対して彼女は、普通の女子高生。

 相容れない存在は、決して長くはもたない。


「けど、約束したよね? 復讐はしないって」

「……あぁ」

「なら大丈夫だよね! ……大丈夫」


 互いに天井を向いていたが、莉緒は体を横に向ける。霜もそれに呼応し、目と目が合う。


「私は信じてるからね、純潔の悪魔さん?」


 ――こんな人間に心を許しちゃうくらい、私も異常者なのかな。でも、今はそれでいい。

 そう思った時には無意識だった。自然と、霜の手を握っていた。


「――っ⁉」


 見つめられて、手まで握られたのだ。やっと落ち着いてきた高揚がぶり返して……心臓が痛いじゃないか。


「り、莉緒」

「ん?」


 ――あぁ、もうこの距離だ。この高ぶり、これ以上は耐えられないよ!

 そしてまた、風呂場で見た姿を思い出すのだった。


「……あぁ、もう!」

「ひゃっ⁉」


 また大声を出して起き上がった霜に、目を丸くした。


「……気晴らしに、散歩に行こう。いや、行かせてくれ!」

「は、はい?」


 ***


 同時刻。場所は変わって、湘南のどこか。


「おい、誰もいないよな?」

「あぁ、確認した」


 見るからにガラの悪い男たちが集まっている。

 手には紙煙草を持ち、重たい煙を蒸かしながら談笑する。


「しっかしお前、昼間の女のアレはヤバすぎだったな!」

「あぁ? あぁ、クーラーボックスの奴な」


 トークテーマは、海で少々小競り合いになったカップルについて。後者の男が、そのカップルのクーラーボックスを蹴飛ばしたうえに、パラソルを壊した。

 そして、彼氏の方と喧嘩になりかけた。


「なんか、これ吸ってからムシャクシャすんだよ! それにあの野郎……この俺にメンチ切りやがって! クソがっ!」

「はいはい、またムシャクシャしてんぜ! ほら、ビール」


 要するに、無性にムシャクシャしていたから八つ当たりをしたと。それで喧嘩など非常にバカらしいのだが、ヤンキー族のやることなどそんなところだ。


「あの彼女も、お前がムキにならなきゃイケそうだったのによー」

「胸デカかったしな! 喰いたかったぜ」


 クソのようなトークで、そのさかなとして煙を一吸い。

 ――そのムシャクシャの原因が、一番の問題だけど。


「まぁ……バレなきゃいいんだよな」


 そう言い聞かせ続けて、何度もそれを繰り返して……それが無くなると、気が付けば探し求めている。保健の教科書でよく見る、負のスパイラル。

 でも、バレなきゃいい。


「じゃあ、バレたら犯罪なわけだ。お兄さんたち」

「……は? だ、誰だ⁉」


 その犯罪者にありがちな思考を断ち切ろうと、何者かが声をかけた。

 男たちは焦って煙草を隠し、火を踏んで擦り消す。


「だめだよー。それ、ただの煙草じゃないでしょ?」

「なっ、なに言ってやがる⁉ おい、こいつやっちまおう!」

「……なぁ、ちょっと待て。こいつ――」


 月明かりの下で、だんだんとその顔が見えてくる。

 一人がその顔に気が付いた時、自己紹介が始まった。


「いやぁ、昼間は世話になったね! ……ちょっとムカついてたし、今夜の楽しみに取っておいて正解だったよ」


 そして、闇夜に小さな金属が光る。

 注射針。


「どうも、お兄さんたちが手を出そうとした女の彼氏……、〈純潔の悪魔〉です!」


 臨時で決めたターゲットを、おやつ感覚で始末しに来た男。

 彼女と二人で寝るのが気まずくて、抜け出す口実として始末しに来た男。

 桐崎霜……改め、〈純潔の悪魔〉。神出鬼没のシリアルキラー、今日の舞台は湘南である。


 ***


「や、やめっ――」

「おっと、騒いじゃダメだよ? ここは観光地なんだから」


 大声を出されると面倒だ。だからその前に、静かに生き地獄へ送る。

 五分足らずで三人を片付けた霜は、注射針の血痕を拭った。


「莉緒、もう目を開けていいよ」

「うぅ……旅行に来てまで、結局これか……」


 散歩の口実で外出したつもりが、なんだかまた物騒なことを始めた彼を、莉緒は直視しなかった。

 そして、ふと気付く。


「――っていうか、この人たち! 今日、海で喧嘩になったヤンキーじゃん! どういうこと⁉」

「あぁ、それね」


 霜は、男たちが吸っていた煙草を拾い上げて、解説する。


「あの時、こいつらから匂ったんだよ。〈危ない薬〉の匂いが」

「マジ? じ、じゃあ……それ、薬物なの?」

「うん。煙草に偽装していたらしいね」


 平然ととんでもないことを告げられて、ベッドで感じていたドキドキ感が別物に変化してしまった。

 初めて見た! なんて言わない。見たことがあったら、それこそ問題だ。


「そもそも、なんで匂いがわかるわけ……?」

「そりゃあ、薬師寺とは長い付き合いですし。〈危ない薬〉といっても、適量なら麻酔として使えるからね。匂いは憶えている」


 それでわかってしまうのも異常だが、薬師寺の名前が出てしまえば、もうなんでもありかもしれない。

 さて、これでスッキリした。気晴らしもできたところで、人が来る前に退散しなければ。この二人のように、夜の湘南を散歩するカップルがいるかもしれない。


「さて、帰ろうか。明日のニュースの見出しは、『純潔の悪魔、湘南に現る!』で決まりだな」

「もう! 足は付かないようにしてよ……って、完全に犯罪者のセリフじゃん」


 莉緒もだんだんと、霜に毒されているらしい。

 これで、あの悶々とした空気を上書きできるだろうか。……それは、再びベッドに入らなければわからない。


「――あ⁉」

「ひゃい⁉ 今度はなに!」


 口をバックりと開けた霜は、大事なことに気が付いてしまった。


「ごめん……明日はこっち湘南で遊べないわ。警察が捜査を始めるだろうから、早く東京に帰らないと……」

「は、はぁ⁉ ……もう、何やってんの、――っよ!」

「痛い⁉」


 盛大に、霜の頭を引っ叩いた。

 本当はもう一日滞在する予定だったのに……これでは早朝には雲隠れコースだ。

 こうして、彼らの夏休みイベントの一つは、あっけなく終了するのだった。

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