ベッドの中での悶々

「おやすみ」

「おやすみなさい……」


 もう何もしようとは思わない。気まずい空気をどうにかしようとすれば、結局裏目に出るだけだ。

 電気は消し、光源は月明かりだけ。莉緒はダブルベッドに一人で寝て、霜はソファーに身を寄せた。

 ――このまま寝てしまえば、何事もなく朝を迎えられるはずだ。

 そう思って、心身の疲労感に身を預けた。


「……」

「……」


 無言が続く。莉緒の方も、大人しく寝たほうがいいのはわかっているだろう。

 ソファーは少し硬い。真夏とはいえ、やはり海沿いは風が涼しい。


「……くそ」


 実際、そんなことはどうでもいい。少しでも莉緒から気を逸らそうとして、我が身に触れるもの全てが敏感に感じられる。

 ――まだ、三分か。

 ふと時計を見たら、大して時が経っていなかったことを嘆く。体感では十分は経ったと思ったのに。……眠れない。


「もう……なんなんだよ、このモヤモヤは」


 口に出さずにはいられなくて、莉緒に聞こえぬよう小さく呟いた。

 ただただ静寂で、その中に彼女の呼吸を聞き取る。〈悪魔〉である時の癖で、気配を感じ取ってしまう。

 ――悶々とする……落ち着かない、気になる! 

 無防備な莉緒がそこにいる。いつもなら、彼女が泣き出すほどキツイ悪戯いたずらでもしただろうが……今の欲求は何かが違う。


「龍の奴……首を洗って待っていろ。明日になったらぶっ殺してやる」


 今頃は呑気に寝ているであろう、龍の姿が容易に想像できる。……その光景がまぁ腹立たしい。

 こうしてブツブツと、一人小言を言い続けていた。


「……霜、起きてる?」


 ふと、莉緒が呼びかけてきた。

 霜は壁の方を向いていた体を起こし、こちらを見る莉緒の顔を見る。


「そっちこそ、眠れなさそうだな」

「うん。やっぱり、いつもと違い過ぎて気になるよね」


 正直、こちらは気にしないよう心掛けていたのだが。莉緒がそれを言うなら、気遣いもお終いだ。


「あのさ……気を遣わせて、ごめんね?」

「な、なんのことだ?」

「だって、ソファーじゃ体痛いでしょ? ……龍君だったら問題なかったけど、私が女子だから気にしてたんだ」


 『そんなことない』と、図星なのを誤魔化そうとした。

 刹那。莉緒は被っていたタオルケットを捲し上げて、


「私は大丈夫だからさ、その……こっち来ても、いいよ?」


 霜を

 一瞬、その言動が理解できなかった。女が男を、しかもそんな仕草で同じベッドに誘うということが、世間一般的にはどう捉われるのかを理解しているのか? それを疑いたくなる。


「ガチで言ってる?」

「私、つまらない冗談は言わない」


 そもそもどうして、莉緒はこんなにも平然としていられる? 仮に内心では恥じらっていても、表には出ていない。……感情を隠すのが上手いタイプではなかったはずだ。


「いや、でもさ……それはいろいろと問題が」

「私たち、仮にも恋人だったよね。それなら、ノープロブレムでしょ。……たぶん」


 ――あぁ、これはガチのやつだ。

 しばらく睨み合い、互いの目で駆け引きが行われた。


「むぅ……、もう! こんなこと、何度も言いたくないから! 十秒以内に決めて! はい十、九、八」

「あぁ、わかったから! ……それじゃ、お言葉に甘えて」


 やはり、やや恥ずかしかったのか。暗闇でもわかるほどに頬を赤らめて、莉緒は催促した。

 急かされた霜も血迷ったか、枕を持っていき……静かに、莉緒の横に寝そべった。


「ベッド、柔らかい」

「でしょ?」


 ――いやいや、柔らかいじゃないだろ⁉ 何をしているんだ、俺は!

 天井を見上げて一息ついてから、改めて自分の行動に驚愕した。

 互いが安眠するために、余計に意識することを避けていたら……結局はここまで距離が縮まってしまった。良かれと思ったことが全て、やはり裏目に出ているではないか!


「むっ……くぅ」


 悶々が余計に強まってしまった。

 今日の桐崎霜は一体どうしたというのだ? 紳士的な〈純潔の悪魔〉はどこへ行った? 

 そもそも、莉緒のこれまでの発言も如何なものか。『霜になら見られても平気』とか、『仮にも恋人だからノープロブレム』とか。いつもの奥手な莉緒はどこへ行ったのだ?


「――クソ、これじゃあ逆じゃないか」


 まるで、かのように思えてくる。

 いつもは〈純潔の悪魔〉が弄ぶ側なのに、……今日は弄ばれている気分だ。


 ***


 対して、隣へ誘った莉緒は、本当に彼を弄んでいるつもりなのだろうか?


「――待って待って待って⁉ 私は一体なにを⁉」


 いや、その逆もまた然り。

 今日の自分はどうかしている。こんなにも恥ずかしいことなど、いつもなら自分からするわけない。

 でも、――彼ばかりをソファーで寝かせるのは申し訳なかった、という気持ちがあったのは事実。その結果、霜とダブルベッドで添い寝するという状況を創り出してしまった。


「余計に眠れないじゃん……」


 いや、それはそうだろう。

 添い寝開始から五分。心臓は爆発しそうなほど鼓動しているし、真夏とは関係ない熱さで体が火照る。

 微かに感じる霜の体温が、よくわからない感情を余計に刺激した。


「霜は、こうなるのを気にしていたんだよね……男の子だし、余計に」


 他人事ではないのだけれど。

 この女子もまた、霜と似たような悶々を抱えていたのだった。

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