風呂上がりにて
「お風呂、上がったよ」
「あ、うん……おかえり」
見てはいけない物を見てしまうというアクシデントはあったものの、二人はその後、暗黙の了解としてスルーした。今しがた霜はシャワーを終え、黒シャツと短パン姿でリビングへ帰還したところだ。
「……さっきはごめん。決して下心はなかったんだ」
霜は軽く弁明しつつ、ほぼ裸の姿を見たことを平謝りする。
「大丈夫、わかってるから。……それに、霜になら見られても平気だし」
――俺なら平気ってなんだよ、……この状況で変なこと言うな。
ベッドにうずくまって言う莉緒。その頬は風呂上がりの熱か、あるいは感情から来るものか、随分と紅くなっていた。
ひたすらに、気まずい。
「あー、これからどうする? まだ二十二時だけど、もう寝る?」
二人の関係が始まって以来、未だかつて無かった空気感を払拭すべく話を切り出す。
「うーん、なんか勿体ない気もする。こういうお泊り会って、大抵は寝る前が一番楽しいものじゃん? ゲームしたり、枕投げしたり」
「まるで修学旅行だな」
「あとは……恋バナ?」
おいおい、最後のやつは絶対に違うだろう。恐らくは一般の恋バナで語られるような状況が、現在進行形で展開されているのだから。
しかし、改めて考えてみるとわからないものだ。
「といっても、二人しかいないわけですしお寿司」
「二人で寝る前にすること? 二人で、男女がすること……って、バカか俺は!」
「ひゃい⁉ ど、どうした」
これは非常に良くない。余計なことを考えなければいいだけなのに、先ほどから無駄に意識してしまう。いつもと違い過ぎる自分に、どうしたのだ! と問いかけたい。
この卑猥な感情が、莉緒に伝わっていないことが不幸中の幸いだろう。
「そ、そうだ! テレビ、テレビ観よう⁉」
「い、いいね! そうしよ」
冷静さなど忘れた霜は、考え無しにリモコンを取り出した。
チャンネルを選ぶ余裕もない。そもそも今の高校生はテレビなどほとんど観ないので、どんな番組があるかもわからない。
電源を付けるとチャンネルは変えずに、ひたすらに音量だけを上げた。
「あ、これ……今話題のドラマじゃん」
「へぇ、そうなんだ」
莉緒が反応を見せたそれは、内容は知らないがタイトルだけは聞いたことがある。どこかの広告で見聞きしたのだろう。主演俳優と女優も、知らないことはない。
二人は体育座りで横並び、画面に見入った。
『俺、あんなことがあったけどさ……やっぱりまだ、お前のこと忘れられないっぽい』
「――ん? これ、恋愛ドラマか?」
「そうだよ」
現実世界でいう奴は稀であろう、臭いセリフで勘付く。
『俺とお前にはお互いの人生があるし、相容れない部分があるのもわかってる。……けど、やっぱり素直になるのも、必要だと思った』
『……バカ。気付くのが遅いのよ』
なんだろう。この状況に対して、ジャンルがピンポイントすぎやしないかと、少々引っ掛かる。なにやら雲行きが怪しくなっても、とりあえずは視聴を続けた。
『お互い、言いたいことはわかるよね』
『あぁ。言うの、今更だけど……好きだ』
「おっとぉ?」
主人公であろう男子の手が、ヒロインの肩に置かれた。
このセリフ、この所作から展開されることなど……一つしかないじゃないか。
『……ん』
「うわぁ、キスシーンだ……」
莉緒は特段気にする様子もなく見入っているようだが、霜は変な汗が止まらなくなっている。
――おいおい待てよ……なんで今なんだよ⁉
画面内の二人の唇が、徐々に近づいて……その体が、段々と密接になって。
「あ、あぁ……」
とうとう重なり合い、感動のBGMが挿入された。――瞬間、霜に限界が訪れる。
『……ん』
「――だああああああああああああああああああああああああああっ⁉」
「え、え、なに⁉」
思考が完全に途切れた。無意識のうちにリモコンを握りしめ、スイッチが破壊されるかのような力量で電源を落とした。
「あぁ……はぁ……っ、テレビは中止だ! もう、寝よう」
「えっと、大丈夫?」
「だいじょばないっ!」
もう、これ以上この空気感に耐えるのは無理だ。そろそろ自分の脳が殺されてしまう。
〈純潔の悪魔〉は珍しくも取り乱し、夢の世界への逃亡を図るのであった。
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