4 サマータイム・シリアルキラー

夏休み、なにする?

「……暑い!」


 蝉がうるさい。東京湾から風が吹いているはずだが、燦燦さんさんと照り付けるお日様がそれを相殺、いや、押し勝っている。そもそも熱が逃げていかない。ヒートアイランド現象というやつだろうか。人の活動で都市部の気温が高くなるという、アレだ。


「くっそ……なんて暑さだ。俺は神を恨むぞ」

「残念ながら、地球を温暖化させたのは人間です」


 霜がペットボトルのお茶を飲み干して、暑さに対する憎しみを込めて言う。

 ちなみに、今は学校でのランチタイム。場所は涼しい教室ではなく、屋上に繋がる階段だ。青春の象徴である屋上は、そもそも立ち入り禁止。


「ところで、なんか悔しそうに見えるのは、私の気のせい?」

「いや……夏の暑さは、神出鬼没のシリアルキラーにとって大敵なんだ」

「なんで?」

「全身黒づくめの服が、熱を保持するから」


 ――そんなに嫌なら、しばらく活動休止すればいいのに。

 なんて言っても、霜は聞く耳を持たないのだろう。彼の過去を知ったからには、莉緒もそれを止めるのははばかられる。


「やっぱりこの季節は、家で勉強するのが一番ね……。わざわざ外でエンジョイする人たちの気が知れないわ」

「ちなみに、龍はこの間ナイトプールに行ったらしい。ほら、これがその時の写真」


 霜はスマホでメッセージを見せる。

 そこには『他社のご令嬢とプールNow』という文面と一緒に、水着の女性らに囲まれる龍の姿があった。


「うわぁ……お金持ちのヤンキーはやることが派手だね。なんか、ちょっと引いた」

「忘れちゃいけない。龍はこういう男だよ」


 良いサポートをしてくれる半面、そのプレイボーイ具合に呆れ続ける霜。しかし、彼に言い寄る女性が基本的には金目当てであることも、忘れてはいない。

 ――あいつ自身、昔からこれだから。健全な異性関係を知らないだけなんだよなぁ。

 一応の理解はしているつもりだ。


「……あと一週間で夏休み、だよな。俺はいつも通りだけど、莉緒はなにするの?」

「いや、一学期の間に濃いエピソードが多すぎて……もうお腹いっぱい。私は大人しくしておくよ」


 五月にシリアルキラーと出会い、交際、有村との戦い。それから薬師寺コーポレーションの御曹司と知り合って、指名手配犯を追うことになって……。

 これ以上ないほどに物騒で、危険で、猟奇的な二か月間だった。もう何も望まないから、もう何も起こらないでくれ。莉緒の切実な願いである。


「ハハハ。それじゃあぼちぼち、平穏な夏休みを送るとしますか」

「……よし! 有村もいなくなった平和な日々を、私は今度こそ――」


 立ち上がって、そう高らかに宣言しようとした。その時。


「ん? 龍から電話?」

「……ふぇ?」


 ナイトプールの写真を見ていれば、噂をすれば本人が登場するではないか。


「もしもし亀よ」

『亀さんよ。いやー、今年も暑いな!』

「なんだよ、急にかけてきて」


 ――いや、それがいつものノリなんですか? 合言葉的な何かですか?

 しかし触れるタイミングを失って何も言えず、莉緒の宣言は中断。


『あ、そこに莉緒ちゃんもいる?』

「いるよ」

『なら丁度良かった! いや、連絡した理由は他でもない。世間は夏休みにシーズンが始まるけど、お前ら二人はどうせ暇だと思ってな!』

「失礼な⁉」


 莉緒はこう考えた。

 ――私だって暇じゃない。勉強して、読書に勤しみ、平和を噛みしめて……勉強して。

 同じ答えのサイクルができてしまうあたり、どうやら暇らしい。

 霜はこう考えた。

 ――俺だって暇じゃない。新しいターゲット探して、始末して、足が付かないように雲隠れして……あとは寝る。

 この男も、サイクルができるらしい。


『そんな二人に、薬師寺の御曹司である俺がビッグなイベントを用意してやろうと、そういうわけだ!』

「人をバカにして。……で、具体的になにをするの? まさか、また指名手配犯を狙うとか言わないよね」


 あり得そうな答えを探る莉緒。


「さすがにねぇよ。まだ」

「まだ⁉」


 できればもう二度とあってほしくない。

 しかし、それでないのならいいのだが。一体なんだろう。

 次の瞬間に、龍が告げるイベント。……それは、またしても莉緒には無縁な、夏の定番であった。


「お前ら……海、行かね?」

「――わっつ?」

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