強姦魔の最後

 密室に囚われた莉緒。しかしその中で、いるはずのない彼の声が響き渡る。

 スピーカーからだろうか、デジタルオーディオの音声が四方から聞こえてくる。そのせいで、声の出所は掴めないが、


「……もう、来るのが遅いのよ。バカ悪魔」


 間違いなく、霜は助けに来たのだ。彼の大好きな演出で、エンタメ満載な逆転劇のショーで。どうせ、こちらのピンチを知っていたくせに……わざと遅れて来るところが如何にも彼らしい。しかしそれが、より一層の歓喜と安堵をもたらしてくれる。


「な、なんだってんだ! どこだ、出てこい!」


 莉緒に伸ばした汚い手を引き、戸惑いながら部屋を見渡す種田。


『言われなくても行くさ。お前の魂を貰いに!』

「うわっ⁉」

「きゃあっ⁉」


 瞬間に響くのは、ガタンという激しい開閉音。視界の外にあったクローゼットの扉が破壊され、衝撃と同時に現れるは、黒づくめの桐崎霜……いや、〈純潔の悪魔〉!


「サプラーイズ! 純潔の悪魔が、生き地獄をお届けします!」

「て、てめぇ……いつからそこに」

「いつって、最初からですけど?」


 ――あぁ、やっぱりね。

 種田は初めから、莉緒がハニートラップだと気付いたうえでここへ連れ込んだ。その方が都合よく、莉緒を思うがままに出来たからだ。

 しかし、霜のほうが一枚上だった。どこからどこまでを想定していたのかはわからないが、種田のみならず莉緒の予想を遥かに上回る形で、狩り場を用意していたらしい。


「ハハハ、いいねいいね! 自分が圧倒的に優位だと思っていたのに、一気に不利に追い込まれた時の、そのつら! 僕、こういうの大好きなんだ」

「てめぇ……また俺をコケにしやがって⁉」


 煽り散らかす霜は、翻って、莉緒に言う。


「なぁ、莉緒。前もこうだったよね」

「……だね。私はあなたに唆されて、有村に一人で立ち向かって。それで結局、ピンチのギリギリであなたが登場して。……ってか、状況がまんま同じじゃん⁉」」


 そういえばそうだった。圧倒的優位から陥れる逆転劇も、莉緒がそのための餌にされたことも、あの時と何も変わらないじゃないか。


「いつまでも変わらない僕、いいでしょ? だから君への愛情も変わらない、ってね」

「う、うるさい! 愛情じゃなくて愛玩のくせに! ……それより、早くこの状況をなんとかして」

「冷たいなぁ。いや、それは愛情の裏返しかな」


 この態度とお喋りに呆れてしまう。が、それは彼自身に余裕があるということ。この余裕をかます感じは、彼のパフォーマンスが好調である表れだ。

 つまり、霜の心境は、


「今度は逃がさない。種田、お前には僕のかてになってもらう」


 そう言って、いつもの注射器を神経薬を取り出す彼の姿は、殺気とはまた違う何かに覆われていた。


「く……っそガキどもがああああああ!」

「おっと、またこれか」


 自棄になった種田が、汚い拳を霜へ振りかぶる。

 しかし、これも前に見た光景だ。霜は体を軽く捻って回避、逆に種田は体勢を崩す。


「残念だけど、ここには鉄パイプもナイフも無いよ」

「クソ、クソっ……」

「前回はとんだアクシデントがあったけど、生憎あいにく僕は、素の状態のお前に負けるほどやわじゃないんでね!」


 霜は殴る蹴るといった攻撃はしない。相手を煽りに煽って、ムキになって荒ぶったところをまた挑発するようにかわして、華麗な払い技等で反撃する。闇夜での暗殺に相応しい、静かなる彼のスタイルだ。


「……かっこいい」


 ポツリと、莉緒は言ってしまう。それでも、これは生死を賭けた殺し合いだ。どこにも格好のいいところも、誇れるものも無い。それに心を揺さぶられてしまうほど、莉緒は〈純潔の悪魔〉に自身の真髄まで囚われてしまったのかもしれない。


「それ!」

「いってぇ⁉ ……くそ、俺がこんなガキに」


 張り手を喰らったところで、種田の腰が引けた。いよいよ迫りくる死の恐怖に、奴の精神が耐えられなくなる。


「無理だ、無理だろこんなのおおおおおおおお!」

「ハッハッハ、どこへ行こうというのかね」


 ベッドの上での格闘戦の後、種田は這うようにしてドアに向かって逃げる。このホテルはオートロックではないため、種田は扉をこじ開けて容易に逃げ出すことができた。


「ちくしょう……まだ死にたくねぇよ! 来るな来るな来るな!」


 長い廊下をほぼ四つん這いで走り、先ほど使ったエレベーターを目指す。

 他の部屋をいくつも通り過ぎて、あと数メートルで辿り着く。

 瞬間、


「前方に置きお付けくださーい」

「え、――ぎゃっ⁉」


 前方の部屋のドアが勢いよく開扉。幅の狭い廊下で全力疾走したために、止まって避けることができなかった。種田はそのまま……


「あーあ、大丈夫? ……なんか、どっかのギャグアニメみてーだな」

「う、うぅ……」


 そう言ってひょっこり顔を出したのは、別室で待機していた龍だった。

 脳震盪を起こしたのか、ぐったりとした種田の頭に天使が見える、気がする。


「はぁ……鬼ごっこは終わりだ。ひざまずけ、命乞いを……しても意味ないか」

「霜、お前このくらいで息切らしてんじゃねぇよ」

「う、うるさい」

「ちょ、ちょっと待ってぇ……」


 警察からの逃げ足だけは速い霜が追いついて、その後から莉緒もやって来る。

 種田にとっては、〈純潔の悪魔〉、知らない金髪ヤンキー、手を出そうとした女に三方向から囲まれた状況。頭がぼんやりとしながらも、残る意識で必死に声を出す。


「な、なんなんだよ……お前ら。……俺がお前らに、何をしたってんだ」

「別に? お前に個人的な恨みはないさ、種田伸一。ただお前が、指名手配犯で殺人歴はないっていう優良物件だっただけ」


 淡々と答えながら、注射針から薬液を一滴出して、注入の準備をする。


「いずれは全ての指名手配犯をコンプリートするさ。僕はそれくらい、つまらない犯罪者が嫌いだ」

「や、やめろ……」


 莉緒は息を呑む。殺すわけではないし、こんなこと、有村の時に六人分は見た。ただそれでも相手が相手で、怖がらずにはいられないのだ。


、僕はお前らを狩り続ける。種田、その糧の一つになれ」

「やめろ、やめろ⁉ やめてくれえええええええええええ」


 その断末魔を最後に、〈連続強姦魔・種田伸一〉の声は途切れた。



 ***



「さて、大体片付いたことだし。帰ろっか」

「そうだな。どっかで飯でも食っていこうぜ」

「牛丼でいい? 安いし」

「いやー、今日はラーメンの気分だな。俺、奢るぜ」


 死体ではないが、動かない種田を部屋に戻して、霜と龍は荷物をまとめ始める。

 ――展開に追いつけない。


「いやいや、ちょっと待って。なに勝手に話進めてんの?」

「ん? 莉緒も食べたい物あった?」

「いや、そうじゃなくて!」


 聞きたいことは山ほどあるが、まずはどれから手を付けるべきか。


「そもそも! なんで二人とも、このホテルにいるの?」

「いやぁ……実はここ、ウチ薬師寺が所有している建物なんだよね。あ、ちなみにフロントのおばさんは、ウチのメイドの石田さん」


 そう、あっさりと答えるのは龍だった。


こいつ種田の行動は大体予想できたし? だから莉緒ちゃんの待ち合わせ場所、わざとここの近くにセッティングしたのよね」

「そ、それで……私がここに連れ込まれるように仕向けたってこと?」

「ビンゴ」

「は、はぁ?」


 正直、キレそう。莉緒がどれだけ怖い思いをして、どれだけ霜のために体を張ったのか、この二人は知っているはずなのに。


「霜、いや、純潔の悪魔さん?」

「は、はい」

「また私で遊んだのね?」

「それは……その」


 莉緒が珍しく怖い顔をすると、霜は後ろめたそうにて目を逸らす。こういう時、男は弱くなるものらしい。


「私、女の子を弄ぶクズは嫌い」

「なっ⁉ ご、ごめんなさい! もうしないから、僕を捨てないで⁉」


 少々泣きそうになって、踵を返して帰路につく莉緒。その背中を、必死に謝りながら追いかける霜。呆れながら付いてくる龍。この三人の構図が、しばしば定着してきているようだ。


「……でも、私はわかっているよ。あなたの戦う気持ち」


 小声で言って、少しばかり怒りを抑えようと試みる。

 彼が言った「糧になれ」、そして「来る時」という言葉の意味。

 その真意を辿り、思い返すのは……先日、の話だった。


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