作戦想定外

「で、君が『援交JK・リオナ』ちゃん? へへ……プロフィール通りだな」

「は、はい! う、うぅ……」


 莉緒が設定したアカウント名を確認し、種田は視線を胸まで降ろしてジロジロと見つめてくる。……どうしても気持ち悪くて、そんな感情の声を漏らしてしまうのだが。

 ――私がしっかりしなくちゃ。私のせいでこうなったんだし! 腹括る!

 そうして自分に言い聞かせ、懸命に、愛嬌と度胸を振り絞って言う。


「ど、どうも……リオナでーす! シードフィールド、さん? それじゃ長いのでぇ、なんて呼んだらいいですかぁ?」

「じゃあ……種ちゃんで」

「……きっつ」

「心の声が漏れてんぞ、アバズレちゃん」


 性欲狂いの三十四歳には、色々と無理なところがある。

 しかしどうだ、莉緒……改めリオナちゃんを見た種田の反応は。さっきから胸やらスカートやら、局部にしか目が行っていない。顔をよく確認した様子もない。


「……」


 ――あの夜、霜は顔を見られた。名前も憶えられただろう。でも、私は。

 あの暗闇の中だ。種田と距離が離れていたために、莉緒のことは憶えていない可能性が高い。せいぜい、〈純潔の悪魔〉の女くらいだろう。

 恐らく、今だって気付かれていないはずだ。


「それで? 今日はノコノコと、見ず知らずの男に会いに来ちゃったわけだけどよ……そんなに男が欲しいのか? それとも金?」

「あ、えっと……お、お金も欲しいけどぉ、大人で経験豊富な人と遊びたかった……的な!」


 懸命に『そういう女』の雰囲気を演出するが、これで合っているのかどうかは知る由もない。もうとにかく、違う意味で死にそうだ。


「へぇ……彼氏とかいねぇの?」

「い、今はいないですぅ! それに、同年代の男はなんて言うか……ひ、酷い! と……あと、モブ!」


 ――あぁ、霜に聞かれたら殺されるやつだ、これ。同年代のみんな、モブとか言ってごめんなさい。


 前者の二名に関しては本音だが、後者はつい炎上発言をかましてしまう。……緊張とパニックと、羞恥心で頭が回っていない。

 しかし今は、とにかく種田を油断させなくては。

 霜と龍によれば、『種田は女を襲う時に、大きく隙を見せる』だそうだ。つまり、その隙を莉緒が作らなければならない。

 ……早い話が、『襲われてこい』ということなのだけれど。


「それじゃ、こっち来いよ」

「え? あ、ちょっと……」


 すると種田は、リオナちゃんの腕をグイッと掴み、狭い路地を突き進んでいく。


「ちょ、どこに行くんですか⁉」

「どこって、決まってんだろうが」


 莉緒が静止して腕を振るが、男の腕力には到底敵うはずもなく。しかしあからさまに抵抗すれば、『援交女子』の体裁が崩れかねない。


 ――あぁ……どうする、どうしよう⁉


 自分の任務と、しかし身の危険の板挟みで余計にパニックになる。いや、危険なことなのは承知の上でやっているのだが、なにせこれは……


「ほら、ここだ」

「……本気でヤバいかも」


 連れてこられたのは、ピンクの外装を施したビルの前。

 初心うぶな処女の莉緒でも流石にわかる。

 ――これは、いかがわしいホテルだ。


「だってよぉ、男と女が楽しむなら……ここしかねぇよなぁ」

「――っ⁉」


 逃げられない。舌なめずりをする種田に、莉緒は体の芯を震わせる。

 だって、だって……んだもん。



 ***



 作戦会議にて。


「種田の過去の事件をさかのぼれば、奴の性癖も明らかになるぜ」

「性癖って、強姦魔のかよ」



 実行役の莉緒を放っておいて、作戦指揮官の悪魔コンビはやたらと楽しそうに分析を進める。



「野郎、わざわざマッチングアプリまで使うくせに、犯行に及ぶのはホテルとかの密室じゃねぇんだ」

「そりゃあ……そこまで行ったら、もはや合意の上だろうからね」

「おう。奴は獲物ターゲットと落ち合った後、暗い路地裏とか、廃ビルの密室とか、そういう場所に拉致して犯行に及ぶ。そういうパターンが結構あるんだよ」



 つまり、確実に会うことができる獲物をアプリで探し、都合のいい相手を呼び出す。油断した相手と、ただ関係を持つのではなく……自分の好きなようにしてしまうというわけだ。


「……聞けば聞くほど、女性が恐怖する姿を欲しがるヤバい奴だな。ますます殺してやりたくなるよ」

「おう。だから俺たちは、その性格を逆手に取る!」


 龍はガッツポーズをして、莉緒に口頭で指示を伝えた。


「奴を呼び出す候補地は決めてある。それから、奴が犯行に及びそうなポイントもリサーチ済みだ。莉緒ちゃんはわざと攫われて、霜はそこで待機だ」

「目には目を、狩り場には狩り場を、か。悪くない!」


 それも随分と回りくどいな。と思うが、何も口出ししない方がいいだろう。

 しかし、龍の作戦はまだ終わらない。


「莉緒ちゃんはいざとなったら、コイツを使え」

「なにそれ、薬?」


 龍が取り出した何か。それはカプセル剤と錠剤、それから見覚えのある液体だった。


「これはウチの新兵器で、霜が使う神経薬を一粒にまとめた物だ。成分が少なくなって、その威力も落ちてはいるけどな。痺れ薬程度の効果はあるだろ」

「あぁ、護身用でくれるのね!」


 確かにこれはいい。錠剤なら衣服のどこかに隠せるし、工夫すれば歯茎の裏にでも仕込めそうだ。そのくらい小さいのだ。液状ならぶっかければいい。


「よし、これで手札は揃ったな」


 霜は手を叩いて、リーダーのような風格を纏わせて言う。


「それじゃあ、種田追撃作戦……もとい、〈莉緒の尻拭い作戦〉、始めようか!」

「が、頑張ります!」


 自分の失態は自分で取り返す。しかし、この二人もサポートしてくれているという心強さ。

 ――我ながら頼もしい彼氏と、友人を持った。と、莉緒は感じた。


 ***


 それなのに。

 そんな作戦を立てた彼らにとって、ホテルは想定外であった。

 この扉を潜れば……霜と龍のだ。


「……霜っ!」


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