ハニートラップで尻拭い

 季節は七月に差し掛かる。

 種田を襲撃してから一週間が経過して、これといった音沙汰は今のところはない。しかし、霜は顔を見られた。いつ、どこで、誰の身に何が起こるかわからない。

 特に莉緒は、いつだって背中を警戒する日々だ。だって、女だもの。


「私は……どうしてこんなことを」


 そんな折、彼女は制服姿で一人立ち尽くしている。顔は紅潮しきっていて、心臓が爆発しそうなほど鼓動が激しい。緊張、悔しさ。それら感情の頂点に君臨するのが……羞恥しゅうちしん


「私のせいだけど、いや、本当に自業自得なんだけど……あの悪魔め! 恥ずかしい!」


 夏になって、制服のワイシャツは半袖に移行。薄手の生地に汗が滲み、そこから微かに……黒の下着が透けて見える。しかしそれを隠そうとはせず、むしろ外部に見せつけているようだ。しかも第二ボタンまで全開で、豊満な胸の谷間をこれでもかと強調している。


 ――そう、傍から見た今の莉緒は完全に、色気で男を誘う痴女だ。


「性犯罪者だかなんだか知らないけど……来るなら早く来なさいよぉ!」


 いつもより短くしたスカートのすそを握って、莉緒は苦し紛れに叫ぶ。

 自業自得とは言え、こんなはずかしめを与えた彼氏への恨みを込めて。


 ***


「そういうわけで、いつまでもビクビクしてはいられない。奴が俺たちの身元を特定する前に、なんとしても始末する!」


 作戦会議。

 頭部に包帯を巻いたままの霜は、莉緒と龍にそう宣言した。しかし、龍は首をかしげて問う。


「とは言っても、どうするわけよ? 種田の奴、しばらくは姿を見せないと思うぜ?」

「まぁ確かに、あれだけ派手に痕跡を残したんだ。そりゃあ、警察の目を警戒するよな。仮にも指名手配犯だし」

「……」


 二人のごもっともな言い分に、莉緒はだんまり。自分には何も言う権利が無いのだ。

 だって、


「どれもこれも、全部莉緒のせいだもんな?」

「……すみませんでした、反省しています」


 厭味いやみったらしく言われてしまえば、何も言い返せない。莉緒が首を突っ込まなければ種田を始末できたし、こんな面倒な事にはならなかったのだ。

 龍が続けて言う。


「まぁそもそも、今まで顔バレすらしていなかったのが、奇跡みたいなもんなんだがな」

「当たり前じゃん。ターゲットは全員始末してきたんだから、顔を見られても問題なかったんだもん。なのに……そのターゲットに逃げられるとか、最悪だよ!」


 なるほど。全員消せば問題ないということか。……それなのに、莉緒が余計なことをして全てがオジャン。初めて情報流出の危機に瀕したということだ。


「でもお前、それで油断してたんじゃねーの? 犯罪者相手に舐めプばかりして、莉緒ちゃんのせいにばかりすんなよ」

「む! そ、それは別として……」


 叱責された霜が、切り返して莉緒に言う。


「さて、莉緒さん」

「……はい」

「この俺も油断していたとはいえ、君のおかげで大変なことになってしまった」

「……返す言葉もございません」

「責任、取ってくれるんだよね?」

「も、もちろんです! なんでもします!」


 ――なぜ一言ずつ区切って言うの? その目も、雰囲気も、口調も、全てから圧を感じる。『お前の身を削ってでもなんとかしろ』という恐ろしい意志が彼氏から感じられて、怖いに尽きる。

 しかし莉緒は、自分の首をさらに絞めることになる。……こういう状況で、絶対に言ってはいけないことを、つい流れで言ってしまった。


「なんでも? 莉緒、君は今『なんでもする』って、確かにそう言ったね? 言ったよね⁉」

「い、言いましたけど⁉ ……あ」


 失言に気が付いた頃にはもう遅い。霜の表情は、それはもう悪いことを考えている時のものだった。


「へへ。それじゃあ……俺が血を流した分、君にも少しばかり体を張ってもらおうかな」

「な、何をさせる気?」

「相手は性犯罪者だ。なら、そっちの方向で攻めていかないと。なぁ、龍」

「おうよ」


 そういって目を合わせる二人。彼らの意見は……最低最悪、女子の敵だ。


「莉緒、脱げ! そして種田にハニートラップ!」

「レッツゴー!」

「ほわい⁉ い、嫌あああああああああ――……」


〈純潔の悪魔〉と、その友達。色々な意味で絶対に敵に回してはいけない奴らだと、改めて思い知らされた。


 ***


 こうして現在に至る。

 いつもの莉緒なら敬遠して絶対に手を伸ばさないような、露出の多すぎる女子高生の服装。『嫌です!』と全力で拒否しても、『責任取るって言ったよな?』と言われてしまえば逆らえない。自分の尻拭いくらいはしなければ……今度こそ霜がブチギレる。


「こんな作戦を、仮にも彼女の私にやらせるとか……本当にサイコ野郎じゃん。桐崎霜」


 ふと、莉緒はスマホを開き、自分のプロフィール画像が胸の谷間で登録された、マッチングアプリを除いた。

 しかもそのメッセージ欄に、『どこかで会いましょう』といった感じのやり取りが記載されている。既に会う約束も取り付けた。もちろん相手は男なのだが、その正体は。


シードフィールドって……安直すぎない? しかも二十二歳で高学歴、女性経験豊富って……全部嘘じゃん」

「安直で悪かったな。だけど、全部が嘘ってわけじゃねぇぜ?」

「――ひえっ⁉」


 突然、後ろから声をかけられた莉緒は、スカートをヒラヒラさせながら跳び上がって、振り返る。


「自分から誘っておいて、その反応はひでぇなぁ。それに、最後のは嘘じゃねえ。女とヤった経験だけは人一倍なんでなぁ。ま、無理やりだけどよ」

「た、種田さん……いたんですね」


〈シードフィールド〉その名前を英訳しただけのプロフィールの男は、もちろん種田伸一。

 このアカウントは、龍が持っている広域な情報網から見つけたものだ。龍が見つけて霜が実行するという、いつもの構図とは似て非なる状況。そこで、彼らが考えた作戦とは――


 ***


 時は、作戦会議に遡る。


「いいか? 種田の過去に、このマッチングアプリを利用していたんだ。奴の被害者のうち数人は、『このアプリを介して種田と接触していた』っていう情報も入手している」


 龍はそのアカウントを表示して淡々と説明するが、『そんなものどこで見つけたんだ』と、莉緒は思わず言いたくなってしまう。製薬会社の御曹司なのに、電脳戦キャラなのも少しおかしい。


「見たところ、最後に使われたのは三年前。種田が指名手配される前だね」

「日本の警察、性犯罪に対してかなりテキトーだからなぁ。指名手配以前の事件だから、このアプリまでは調べなかったんじゃね?」

「でもまぁ、ネットは痕跡が残るからな。奴にとっても、好みの女を効率よく探せる狩り場だったんでしょ」


 などと考察も交えてみるが、過ぎたどうこう言っても仕方がない。杜撰ずさんなものは杜撰なのだ。とは言っても、莉緒の父だって警察なのだけれど。それを知らない二人は、散々な言いようだ。


「しかし種田の奴、最近になって新しいアカウントを作ったらしい! 久しぶりに性欲が暴発しちゃったんだね!」


 言うと、さぞ楽しそうな表情で莉緒に向き合い、何かを目で訴えてくる、霜と龍の幼馴染コンビネーション。


「というわけで、莉緒」

「うぅ……」

「君にはこのアプリで、種田を誘い出して貰います!」

「さぁ、莉緒ちゃんのナイスバディが活かされる時だよ!」

「あぁ、もう……そんな事だろうとは思ったよ!」


 もはや一切の拒否権など無く、言われるがままに莉緒は脱いだ。胸元をはだけさせて強調し、スカートを折って太ももを大胆に露出。

 さて、これで〈援助交際女子〉の完成!


「アッハッハッハ! 莉緒、最高だよ!」

「ふむ……これは高得点」

「くっ……、このサイコ野郎ども! 今すぐ殺したろか⁉」


 ――一応は清楚系であるが故に、恥ずかしさで気が狂いそう。それ以上に怒りが尋常でない。

 とは言え、これが『莉緒の尻拭い』という作戦の概要。

 ターゲットを誘い出すために、自分の彼女を餌にするという……何とも鬼畜で非道な所業。〈純潔の悪魔〉こと、桐崎霜にしかできないことであった。

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