奴らの遺留品
「現場周辺に、種田伸一の姿はありませんでした」
「……逃げられたか」
東雲警部と、彼が率いる捜査員たちが到着した時。現場に残っていたのは、ボロボロになった少女だけだった。
警察は種田の目撃情報、及び過去の犯行から行動パターンを想定。東雲警部はこの周辺をポイントとして見抜き、獲物を待っていた。
その結果がこれだ。
「誰かが争った形跡があるな。現場が揉みくちゃだよ」
「被害者の子が、抵抗したんですかね?」
「いや……違うな。種田だけじゃない、他にも誰かがいたんだ。奴の犯行に横やりを入れた、第三者が」
伊達に刑事をやってきた訳じゃない。現場の状態を見て、ここで何が起こっていたのか、長年にわたって培った刑事の勘が教えてくれる。
残された物品も、指紋も、全て彼の味方だ。
「……それで、こいつはなんだ?」
一つだけ気になった物がある。この部屋の中央に、鉄パイプが一本だけ転がっていた。他のパイプは全て一箇所に纏められているのに、これだけが不自然に転がっている。
――刑事なら、気になるだろう。白手袋をして、軽々しく片手で持ち上げてみる。端から端までジッと凝視していると、
「なっ! ……なるほど、こいつを使って争ったってわけだ」
その先端に、赤い血が付着しているのが見えた。誰かを殴った痕跡だろう。それも恐らく、頭部を。
「おい、このパイプを鑑識に回せ」
「は、はい!」
「それと、被害者の子はどうだ?」
「まだ混乱していますが、段々と落ち着いてきたようです」
「そうか。なら、少しだけ話を聞きたい」
貴重な証拠品を部下に渡して、東雲警部はつかつかと現場の外へ向かう。パトカーが数台展開して、そこには保護した少女が乗っているのだ。
ガタっ、とドアを開けば、毛布にくるまって怯える少女。
「君、少しだけ証言を貰いたい。話せるね?」
「は、はい……」
東雲警部は名乗りもしない。『話してくれるかい?』と、拒否権のある聞き方もしない。こちらは今、君が見た光景を聞きたいのだ。
「この現場にいたのは、君を襲った男だけではない。……もう一人、いたんじゃないのか?」
「……いました。ふ、二人……」
「二人?」
少女はより一層、怯えた表情を見せる。そして次の瞬間、彼女は答えた。東雲警部が最も欲しがった、その名前を。
「あの人は……〈純潔の悪魔〉って名乗りました。そ、それで、私を助けて……」
「――っ⁉ 当たりだな」
瞬間、この場の全捜査官が息を呑んだ。
やはりそうだ。彼が追っていた連続殺人未遂犯は、種田伸一の情報を掴んでいたのだ。……そして今夜、ここに現れた! そして奴は、警察と同じことを考えていたらしい。
「それで、もう一人いたのか⁉」
「……はい。たぶん、私と同じくらいの女の子」
女の子だと? 物言いからして子供だろうか。共犯者という線も考えられるが、それはなんだか腑に落ちない。
「で、そいつらはどうした⁉」
「あ、悪魔って名乗った方は、その……私を襲った男に殴られたんです。その後、すぐ警察が来て――」
「殴られた? まさか、この鉄パイプか?」
「は、はい! それです!」
――なんと面白いことだろうか。用意していた考察が、こうも当てはまっていくとは。
やはり予想通り。それなら、パイプに付着した血は〈純潔の悪魔〉のもの。そう言うことになる。
「……ふふ、ふははは。これはデカい収穫だ。つまり我々は、奴のDNAを入手したんだ!」
警部の名推理。あまりにも大きな捜査の進展に、若い捜査官らは驚きを隠せない。そして警部は、一人感嘆の声を上げるのだ。
DNAさえ入手すれば、身元の特定に大きく近づく。『奴に手錠をかける』、そんな妄想が膨らんで、アドレナリン全開でたまらない。
「そ、それと!」
「まだ何かあるのか」
精神が安定してきた少女が、そんな東雲警部を制止する。
――思い出すのは怖いけれど、黙っているのはもっと怖い。そんな心理が見受けられる面持ちで、彼女は告白した。
「その女の子は……『そう』、悪魔のことを『そう』って呼んでいました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます