このままがいい
「あなたはどうしたいの、〈純潔の悪魔〉さん」
「……俺は」
離別か、束縛か。
元より選択権は自分にある。しかし、霜は渋った。
莉緒の、おもちゃとしての役目は終わったのだ。しかもこの様子では、彼女が〈悪魔〉の正体をバラすことはなさそうだ。
つまり自分にとっても、莉緒をこれ以上拘束する必要はないし、殺す必要もない。自分たちを繋ぎ止めるものは、全て無くなったのだ。
それなのに、
「……どうして、僕にその判断を任せるんだ? 〈純潔の悪魔〉から離れられる、絶好のチャンスなのに」
「いや、それは……」
――まさか、「有村から救ってくれた恩返し」とでも言うのではないか?
そんな予想が浮かんできた。霜は決して、莉緒を助けようとしたわけではない。ただ、自分がエンタメショーを楽しみたかっただけなのだ。
「別に、私だってそう考えたよ? でも少しだけ、桐崎君のこと見直したって言うか……、見え方が変わったって言うか」
「どういう意味?」
途端に聞き返すと、莉緒は目を逸らして言う。
「あの夜の前までは、ただのサイコパス野郎で、クズで、本当に悪魔として見えてなかったけど……今は少し、印象が違うんだ。だから……」
「だから?」
「――もう少し一緒にいても、問題ない気がする。あなたが望むなら、だけどね?」
抽象的でふわっとした物言いだけれど、そこには確かに、莉緒の意志が入っていた。
どうやら有村の事件以降、霜は随分と好感を持たれたらしい。もっとも、元の好感度がゼロなのでプラマイゼロだが。
――なんだよそれ。と、心の中で苦笑してしまう。
ただ少しだけ、自分の中での〈東雲莉緒〉という人物像が変化したように感じた。
「ははは。……つまりそれは、俺のことが好きになっちゃった! ということでいいんだね?」
「なっ⁉ だ、誰もそんなこと言ってないでしょ! この悪魔!」
「ハハハハハ!」
理由はわからない。けれど少しだけ、関係解消に拒否感がある。「手放したくない」という気持ちが、どこかにあるのだ。
だからもう、莉緒を利用する気はない。特別な感情なんて無かった、連続殺人未遂事件から始まった歪な関係だけれど。
「はぁ……やっぱり、莉緒は遊び甲斐があるよ。でも、もう恋人を演じる必要はないわけだ」
「……うん、そうだね。それじゃ、
「――でも、決めたよ」
莉緒が大事なことを言う前に、それを遮った。
「俺はもう少し、このままでいたい。 理由は単純……、それなりに楽しめそうだから!」
「……っ! 仕方ないなぁ、あなたがそう言うなら!」
仕方ないと言いつつも、なぜか笑っている莉緒。
理由だって適当に思いついたものだ。しかし、それでいい。理由がどうであれ、それが互いに選んだ道だ。
「ま、莉緒が余計な事をしたら、その時は殺すまでだから」
「それだけはやめて。それに、どうせ殺せないくせに」
依然として奇妙な関係だけれど、このまま続くのも悪くない。そう思ったから。
「それじゃあ、まずは名前で呼ぶことからだ。いつまでも『桐崎君』じゃ、らしくないからね」
「わかった。――改めてよろしくね、
「あぁ、よろしく」
改めて始まったのだ。
連続殺人未遂犯と莉緒の、『猟奇的な日常』が。
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