2 シリアルキラーとの学校生活
この関係、解消ですか?
有村一味との決戦? から一夜。
この日、
「おい、聞いたか? 昨日の〈純潔の悪魔〉の話」
「聞いた聞いた! うちの生徒が襲われたんだって⁉」
やはり噂というのは、光ほどの速さで伝わるらしい。事件の発生は昨日の今日、警察も捜査に取り掛かったばかりの事案なのに、一般人の生徒たちが既に耳にしている。
だが、被害者はあの有村花音だ。かつての権力もさることながら、SNSやリアルも含め横の人脈は相当なものだっただろう。大方、それらを通じて事実と憶測の加速が加速したというところか。この理屈なら情報共有の速さにも合点がいく。
「ってことは、〈悪魔〉は結構身近にいるってこと?」
「なにそれ、怖すぎ……」
溢れる情報も、どこの誰が発信源かはわからない。けれど鵜呑みにしてしまうのは人間の性。
その憶測の中でも最も分かりやすく、的を射ているものが、
「襲われたのってさ、有村花音らしいよ」
「マジ⁉ 確かに学校来てないけど」
「でも納得だわ。あいつ、悪魔が真っ先にターゲットにしそうな奴だし」
噂が広がるにつれて、最も危機を感じているには東雲莉緒だった。なにせ、自分はその事件の関係者であり、皆が徐々に正解を導き出していくのだ。その度に感じるストレスは尋常でない。
「もしかして、犯人も実は学生だったりして!」
「さすがにそれはないっしょ―」
――すみません、その通りです……桐崎霜です!
じわじわと強まる胃痛で、顔が歪みそうだ。
「有村さんたちのこと知ってるなんて……この学校に協力者でもいるんじゃない?」
「まさかぁ」
――すみません……協力者じゃないけど、それ私です。
なんとなく、自分の事件への関りも、〈純潔の悪魔〉の正体も、時間が経てば全て白日の下にさらされてしまうのではないか、と。後ろめたい気持ちでどうにかなってしまいそうだった。
***
校内の動揺が静まらないまま、朝礼の時間がやって来た。
「えー……みんなも噂は耳にしたと思う。昨夜、本校の生徒数名が、何者かによって襲われたという件だが……」
初老の担任教諭が、怖じ怖じとしながら告げる。様子から見るに、『生徒へは余計な事を教えるな』とでも言われているのだろう。
「せんせー、それって本当なんですか⁉」
「犯人は〈純潔の悪魔〉で間違いないんでしょ⁉」
元気な男子たちが質問攻めするが、出ない情報は出ないのだ。これでは、急かされる担任が少し可哀そうに思えてくる。
「まぁまぁ……現時点では何とも断言しかねるが、根拠のない憶測や、噂の
と言うように、優しく釘を打ってくれた担任であった。
しかし、それで噂のネタが枯れるはずもなく……憶測は枝分かれして進んでいく。
常に身の回りのトラブルを求める高校生だ。身近にこんな話が溢れ出たら、それをネタに楽しみたいに決まっているだろう。あるいは、身近に凶悪犯がいるという恐怖だろうか。
「思ったんだけどさ……」
始まりは一人の生徒の発言だった。次第に彼らの考えは、最悪な方向に進んでいく。
「有村を襲ったの、東雲なんじゃね?」
「――なっ⁉」
そう聞いてしまった莉緒に、不安と恐怖が一気に襲い掛かる。
「有村に虐められたから、復讐ってこと?」
「まさか、あいつには無理だろ」
「いや……実行犯は別で、東雲が黒幕だって可能性も……」
疑われて当然だ。莉緒にはそうするだけの動機がある。如何なる情報も不足するこの状況で、どのような疑いを向けられてもおかしくはないのだ。
しかも、あながち間違いではないのが非常に辛い。否定することもできないし、したところでむしろ目立つだけだ。
「もうっ……八方塞がりじゃん!」
頭を
「随分と注目されてるねー」
「うわっ、桐崎君……」
「うわってなんだよ、失礼な」
いつの間にか、桐崎霜が目の前まで来ていた。
こちらの気苦労など知らず、涼しい顔をして見下ろしてくるのが絶妙に腹が立つ。
「誰のせいでこうなったと……! 助けてもらって、こんなこと言うのもなんだけど」
「なんなら、また助けてあげよっか?」
「?」
もしや自分は馬鹿にされているのではないか? そう考えると、昨晩の感謝の
「どう、助けてほしい? イェス、ノー?」
「……ほしい、です」
「ラジャ」
元気に応答すると、霜は軽く深呼吸をして、
「はい、みんな注目」
「あまり僕の彼女を、悪く言わないでくれるかな?」
「なっ……ち、ちょっと」
「莉緒はやっと、有村から解放されたんだからさ。……なのに、解放されてまで後ろ指をさされるなんて、いたたまれないとは思わない?」
その
……だが、どうだろう。
気まずくなったのか、クラスが静まり返る。こそこそと憶測を広げる声もなくなった。この男、やってのけたのだ。
ただ、一つだけ気付いたことがある。
「今、さり気なく『莉緒』って呼んだでしょ!」
「彼女だし、当たり前じゃん! でもほら、これで解決だよ?」
「そ、それは……むぅ、この悪魔め」
やってくれたな? と思いつつも、少しだけ感謝の
♢♢♢
温かな昼下がり。
薄暗い体育館裏には、霜と莉緒が二人。
「男女同士の話って、普通は屋上とかだと思うんだけど」
「仕方ないじゃん……、人に聞かれたらマズいんだから」
霜が軽く愚痴るのを、莉緒が正論であしらう。
朝から
「……本題なんだけどさ。私としては、今後のことについて考えたいわけよ」
「と言うと、この関係を続けるかどうか、ってことでオーケー?」
「オーケー」
この二人の関係は、実質的に〈悪魔の支配〉によって成り立っている。
莉緒は桐崎霜の正体を知った。正体を知られた霜は、莉緒に恋人関係を迫った。そして莉緒は、恐怖心からそれを受け入れた。
「私は、断ったら殺されると思ったわけで」
「俺は、君と有村でエンタメショーをしたかったわけで」
という、互いの思惑が絡み合った
「今となっては、私たちを繋ぎとめる要因は無くなった……はず」
「だから、この関係を解消したいと?」
「私はそう思う……けど」
はっきりとしない物言いで、
「……桐崎君は、どう? まだ続けたい? それとも辞める? 私は、あなたの意見も聞きたいな」
――早く、恐怖心から解放されたい。けれどその判断を、支配者である霜に委ねた。一方的に逃げることはしない。二人で決めたかった。
「だって……あなたは私を救ってくれたしね」
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