だって、経験ないもん
有村の事件、霜と莉緒が関係の再構築を約束してから、早一週間。
さて、霜が新たな事件を起こすこともなく、周囲に目くじらを立てられることもなく、彼らの日常は何の滞りもなく進む。実に何もなく、平和で、静かな一週間だった。
……そう、何もない。何も進展が無いのだ。
「とは言っても……どうすればいいかなんて、わかるわけないじゃん!」
莉緒はこのもどかしい気分を、どうにか声で発散しようと叫ぶ。
改めて互いを再認識して、この奇妙な関係を続けていくと決めた。決めたはいいが、具体的にどうしろと?
周囲からは完全に恋人だと思われていて、一応、自分たちだってその認識のはずだ。しかし、その関係らしいことがわからないので、何もできない日常を打開できずにいる。
「いい加減になんとかしなきゃ。だって気まずいし」
互いに意識はあるのに、どうにもできない。それではただ気まずいだけだろう。なにせ、彼らは同じクラスに属しているのだ。
交際中の男女が教室内でよそよそしく気まずい空気を発していたら、それこそ周囲から色々と怪しまれてしまう。
「と、いうわけで……できました! お弁当!」
悶々としていた莉緒が用意したものは、本日の弁当だった。わざわざ早起きして、気合を入れて作り上げた作品。しかも、数量は二人分。父の分ではないし、母は専業主婦だ。では誰の分かと言えば……
「あらあら、朝から随分と張り切っちゃって! 例の彼氏君に渡すの?」
「――ひゃいっ⁉ お、お母さん……いつからそこに⁉ ていうか、そんなわけないし!」
キッチンに立つ莉緒の後ろから、ひょっこりと顔を出した母・奈緒。あまりに気が緩んでいたために拍子抜けして、さらに下手な誤魔化しをしようとする。が、母親の勘は誤魔化せない。
つまりはそういうこと。これが、莉緒の考えた打開策だった。
「昨日は急に『明日はお弁当作らないで』なんて言うから、何かなって見てみれば……そういうことね。いいなぁ、娘の青春」
「むぅ、お母さんには関係ないし」
「どれ……ハンバーグに、卵焼きに、ウインナー、マカロニサラダ。……まさに、『彼氏弁当』の定番ね!」
「だーーーーーー! やかましいわ!」
まずは食から始めてみよう。それ以上の事も、それ以下の事もわからないのだから。それはなぜか。
――経験がないから。それに尽きる。
「あ、……お父さんには言わないでね。絶対に、余計なこと」
「はいはい。あの人はうるさいからね」
***
「はい。というわけで、お弁当作って来た」
「お、おう……」
何も進展がない。そう思っていたのは霜も同じであった。
――どこかへ遊びにでも誘ってみるか。次の犯行に招待してみようか。など、自分なりに打開策を考えていたのだ。
ところが突然、莉緒のほうからアクションを起こしてきたので正直驚いている。可愛らしい包みに入った弁当を差し出されるが、しかし反応に困ってしまう。
「ありがとう、でしょ? ほら」
「あ、ありがとうございます……でも唐突だねぇ。急にどうした?」
「別に? いい加減にそれらしいことをしておかなくちゃなぁ、って思ったから。悪い?」
強がった物言いだが、恥ずかしさを押し殺しているのが丸わかりだ。なにせ、これからランチタイムのクラス中から見られているのだから。
「おい、あの二人ってあんな雰囲気だったか? この間までギスギスしてたような……」
「有村の事件もあったけど……なんか大丈夫そう」
「なんか、東雲を犯人呼ばわりしたの、申し訳なくなってきたわ……普通に羨ましい」
こんな会話も聞こえてくるし、そのたびに莉緒の顔が紅潮してくる。
――これは、早く場を変えたほうがよさそうだ。
「それじゃ、遠慮なく頂くよ! じゃ、俺はこれで失礼――」
「ちょっと待て! ……なに一人で逃げようとしてるの?」
弁当だけ貰って、そそくさと退散しようとしたところを、首根っこを掴まれた。……純潔の悪魔ともあろう男が、情けない姿になってしまっている。
「こういうのは、一緒に食べるものでしょ。……たぶん、そうだよね?」
「あぁ、うん。ごめん、そうだよね……たぶん」
「そっちも『たぶん』かい」
何も進展がないと考えていたら、唐突にこんなアクションを起こされたのだ。純潔の悪魔とて、動揺しないはずがない。
さて、それはなぜか。
「ごめん……経験ないから」
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