第8話 土兎
体育館での朝は早い。
朝は四時に起きて、布団を閉まったら朝食。
この建物は泊まり込みを想定して作られており、寝床以外にも台所や浴槽完備だ。
朝食を終えると、まずは一時間みっちり柔軟。
一週間も経てば、少し体が柔らかくなり始める。
それを終えたら、次は実戦。
平之や銘華との戦いで、初日以降綾人の勝ち星は皆無である。
それを昼まで続けたら、昼食を摂って筋トレを。
強靭な肉体がなければ、長時間のお狐様使用には耐えられない。
三時間程それを続けてから、一日の締めへ。
大目玉の、妖力を学ぶ。
最初はお狐様を装着して、体中に妖力を無理矢理巡らせる。
最初は胡座の体制で魔力の簡単な操作を学ぶ。
正解に妖力の感知を学び、ゆっくりとでも操作を可能に。
次に感覚を広げる。
体から漏れ出す妖力に自信の感覚を広げられれば、それは簡単なセンサーとなり、死角からの攻撃に対処が可能とだなるのだ。
妖力の主な使用手段は妖術だが、その他にも元々の妖力の特性を生かした使い方は多々ある。
これは、それに馴染む段階だ。
次に、ゆっくりと動き出す。
身体能力の強化を制御して、体が破壊されないギリギリを見つけ出す。
老人の様な歩みで体育館の中を何周もして、次第に一歩一歩の速度を上昇。
二十日も経てば、素の筋力も上がり、疾走する自転車程の速度で走る事が可能だという事が判明した。
そして、世間での夏休み期間に終わりが近づいて来た頃、綾人を尋ねて桜井がやって来た。
「やあ、綾人。いいお知らせ持ってきたよ」
「桜井さん! 久しぶりですね」
ここ最近、実戦の密度が上がり、常に疲弊状態にある綾人はテンションが高い。
一周回りきってしまったのだ。
「いい知らせって言うと、なんでしょう?」
「いやね、君のご両親からようやく、ようやく転校の許可を勝ち取ったんだよ」
「まず、反対してる事を知りませんでした」
「まあ、考える余裕がなかっただろうし、そんな所だろうとは思ってたよ。君のご両親はこの業界に無知ではないけど、肯定的ではないからね。中々に苦労したよ。高めのメロンを八つ消費した」
「お疲れ様です」
メロンで折れたのかと呆れながらも桜井に対して労りの言葉を送ると、背後から平之が。
以前の晩に受け取った
「ええ所に来たな、桜井。ちょうどええ、車出してもらうで」
「車? いいけど、まさか今日やるのかい?」
「ああ、今日や。
土兎―――未知の名前に、綾人は首を傾げる。
それを気に留めず、平之は綾人に銘華を呼んでくる様にと。
若干の不安を抱えながら、久々の移動を開始する。
●●●●●●
「土兎―――元は四国の方の古い言い伝えだ。家の柱を夜中に噛むなんて地味な嫌がらせをして、落ちた破片が金になるって言い伝えがあったんだけどね、ある事を切っ掛けに凶暴な生物とされた」
車で移動を開始。
暫く無言の車内が息苦しかったのか、到着時間を見計らってか、桜井が土兎の解説を始める。
「ある一家が、皿を割った娘を罰として、一晩柱に括り付けた―――するとその晩に偶然、その家に盗人が入ってね、娘を強姦した後に殺して、そのまま逃げてしまう。そして偶然同じ晩に、土兎も現れた―――娘の括り付けられた柱を、齧るためにね―――でだ、今となってはそんな真実が出回ってはいるが、昔は土兎が首ごと柱を齧ったんだと考えられた。妖怪ってのは生物ではあるものの、人の想像によってその形を大きく左右する。強い物なら兎も角―――土兎程度の弱いやつなら、生き物としての性質を変えてしまう程度にはね。土兎は凶暴に成った―――人の望むままに、恐れるままに。思い通りに柱を噛み、人を噛み、その時代の術師に封じられるまでの三年間、五十八の首を齧ったと言われている」
よくある洒落怖話だなと、綾人は思う。
昔の人がやらかしたせいで何かに強い影響を与えて、取り返しのつかない事態へと。
そこに力のある者がやって来て、颯爽と退治して行くなど、テンプレもテンプレ。
俗に言う、手垢でベタベタな展開である。
その様な身近な展開だからこそ、思わず身震いした。
車に乗る前、平之が言った―――今から綾人と銘華は、土兎と戦いに行けと。
聞く分には慣れた話だが、自身が戦うとなれば話は別。
それは薄らと思い浮かべる脅威ではない、目の前に現れる確かな、具体的な脅威なのだから。
「銘華ちゃんは…………まあ大丈夫だとして、綾人は覚悟出来てるかい?」
「若干は…………まだ怖いです!」
「素直だねえ、君は」
桜井は言った―――綾人に対してと云うよりは、その隣に座る一人の女子に対して。
理解したのか、銘華は眉を顰める。
それを素直と捉えた桜井は小さく笑って、車の速度を落とした。
つまり、到着したのだ。
最初に殺された少女の骨と、土兎が封じられた土地。
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