第9話 諸説多々

 手兎墳墓―――名前の理由は諸説あるが、最初に殺された娘の苗字説や、畏怖の対象であった土兎を、手に乗る大きさだと言って恐怖を紛らわそうとしたと云う説。


 どれにせよ、この名の由来は幾つにも枝分かれして、原型は既に薄れている。

 つまり、周囲の人々の記憶から土兎が消えかけている今こそ、最高の退治時なのだ。


 周りの人間達が完全に忘れてしまえば解決だと思われることもあるが、それはいけない。

 人々の記憶から完全に姿が消えた妖怪―――それはつまり、なんの偏見もなく成った姿。

 つまり、完全に人より解放された、自由となってしまった姿なのだ。


 そうなる前に、退治は必須。

 名を広め過ぎず、消し過ぎず、調整が大事だ。



「じゃあ、解放するでぇー」



 封印を解くと云う、緊張の走る瞬間にも関わらず、平之は気の抜けるような声で言った。

 そのせいか、綾人達の纏う空気もどこか柔らかく、若干の油断があった。


 平之がふだを墓にある窪みにはめる。

 すると、そのふだが端から燃え始め、完全に灰へと。

 地面が少し、揺れた。



「それじゃあ、俺らは離れた所から見とるわ。頑張ってぇな」



 言うと、桜井と平之は二人で車へと戻って行ってしまう。

 だが、地面の揺れは止まず、今にも何か、化け物が飛び出しそうだ。



「取り敢えず、私が焼く―――貴方は横で露払いでもしてなさい」


「?! あ……ああ」



 初めて、十文字以上の銘華の言葉を聞いた。

 それに驚きながらも、綾人は返事を。


 夜継を手元へと出して、お狐様も装着。

 髪の色が白くなり、対照的にお狐様は黒く―――戦闘準備、完了だ。



「来る…………気、抜くんじゃないわよ」



 瞬間―――地面がひび割れた。

 その亀裂から、小さな雪玉の様に真っ白な兎が無数に飛び出す。


 当然、通常の兎ではない―――額には角を、口には鋭い前歯を。

 真っ赤な眼光で線を描く様に綾人達へと突進を始める土兎―――それに動じず、銘華は炎を放つ。


 津波が人や建物を飲む様に、業火は土兎を飲み込み、焼き、洗い流す。


 しかし、それで全滅する様ではこの土兎、封印するまでもなく大昔に全滅させられている。


 業火の海から、土兎は飛び出す。

 角の先端から薄い魔力を放ち、それで土兎同士でコミュニケーションを。

 次々に炎を回避できるルートを進み、焼けながらも少しずつ完全に射程から外れる個体も。


 それは地上ではない―――一度炎から飛び出した理由、それは勢いを必要としたからだ。


 飛んで、高所へと至り、そこから地面へと急降下。

 額の角は岩をも砕き、地面へ潜り、もぐらの様に突き進む。



「潜ったのは俺が!」


「当たり前よ!」



 地面から飛び出して、土兎は銘華を襲う。

 それを綾人が夜継で弾き、二十日で把握した自分の限界値を意識しながら対応。


 未だ荒削りだが、銘華の攻と綾人の防、即席ながらもペアの闘い方としては間違えずに、冷静に戦いを進めている。



「火走り―――っ!」



 銘華が爪を地面へと擦り、その方向に炎が駆け巡る。

 そして、土兎の集まる地点に到着と同時に爆発。


 爆破は地中の土兎の通り道を使って被害を広げ、田中だの一撃で半分以上の土兎を減らした。


 それが、よくなかった。


 少しずつ減らして行くべきだった、様子見をするべきだった。


 土兎―――名前の由来は多々あるが、その中で最も有力とされるものがある。

 数は見せかけ、泥の様に、土の様に、集まれば一塊となり、新たな生き物となる。


 合成の獣、土兎―――今それが、綾人達のまで新たな姿を作り出した。



「で…………でかい」

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