第7話 勝利
突然―――常識が覆った。
早速、銘華と戦おうとしたとき、彼女は手から炎を放った。
この世の常識では、女子高生は手から炎を放たない。
妖術では炎を放つなんてこともザラにあるとは、お狐様からの情報で既に知っていた。
しかし、あまりにも唐突だった。
突然、一言もなく放たれた炎。
それ故に―――綾人は反応が遅れ、回避は出来たが片足に軽い火傷を負った。
「―――
銘華が呟く―――すると、放たれた炎から飛び散る火花が宴を描く様に旋回を開始。
一つが小さく破裂した。
それの衝撃によって、他の火花も連鎖的に破裂。
次々に破裂する火花に背を向けて、綾人は全力で体育館内を駆け抜ける。
「平之さん!? これ、突然過ぎますよ!」
「あ〜死なん程度とは言ったが、銘華は手加減知らんからなあ。気ィ抜いとったら死ぬでぇ!」
呑気な平之の声に若干の苛立ちを覚えながらも、綾人は越に紐で結びつけられたお狐様に触れる。
「言い忘れとったけどなぁ! 今お前がお狐様を使える時間は精々五秒―――それ以上使えば、体が耐えきれないっちゅうの忘れたらあかんよ!」
「なんですそれ、怖っ!」
だが、仕方がない。
今使わなければ、五秒も待たずに焼死は確定だ。
お狐様を使って死ぬか、焼かれて死ぬか、どう死ぬか自由に選べる。
その選択肢を綾人は、初めて手にした。
狸と戦ったときの、守らなければならない強制が、人の言葉があるわけでもない。
自分で選び決める、分岐ルートだ。
一度大きく、息を吸った。
炎により熱された空気が肺へと大量に送り込まれる―――それをガソリンの様に体中へと巡らせ、力を込めて壁へと向かい一歩一歩進む。
そして限りなく短いほんの一瞬お狐様を装着した。
選んだ―――一拍の鼓動の間に、力を絞り出すという、死なないための選択肢を掴んだ。
「やってやる」
瞬間―――飛んだ。
足に力を込め、二回の柵まで。
一秒経過。
急加速し、突然の縦の移動で綾人を銘華が見失っている間に、夜継を手元へと。
車で一時間かかる道のりを大幅にカットし、霧となって手元へ転送。
三秒経過。
柵を蹴り、再び体が保つギリギリの、超高速で移動。
その音で、銘華は綾人を発見―――炎を放つのはもう間に合わないので、素手での応戦。
お狐様を装着し、体内に魔力が廻らされた今、身体能力はほぼ同じ。
綾人を掴む為に繰り出された手を片手で払い、着地と同時に首へと夜継の反り部分を当てる。
零・八六秒経過。
それと同時に、お狐様を外した。
極々僅かな時間を残して、綾人は初めて自分で生を勝ち取った。
●●●●●●
体育館に、泊まる事となった。
宿泊用の部屋に布団を敷くと、綾人は即座に眠りについた。
そして外―――平之が一人、風に涼みながら人を待っていた。
「待ってたで、桜井」
「いやあ、遅くなって悪いね。ちと手間取った」
「敵は?」
「
「なら手こずって当然や。むしろ、人型と戦った後に、無傷でここまで来てるのがおかしいっちゅう話やわ」
妖怪は、強ければ強いほど内包する妖力が高く、一定のラインを超えると人の姿に化ける個体が現れる。
それを総称して人型や、
「平之、君から御手綾人はどうだい?」
「絶妙なや」
「絶妙……と、言うと?」
「まだまだ、記憶と体のすり合わせは済んどらんが、咄嗟の判断は、銘華を圧倒した。あれは、鍛えがいがあるで」
「楽しそうで良かったよ」
楽しそうにする平之を見て、その背後にうっすら気配を感じた―――誰かが居る、聞いている、見ている。
「ん…………ああ、銘華、明日も早い。戻って寝とり!」
「―――ッ」
隠れのぞいていたのは、昼間の悔しさから眠れない銘華であった。
彼女は樋口という、術師界の名家の生まれ。
人一倍プライドが高く、ろくに妖術も扱えない綾人に負けるなど、己が己を決して許さないのだ。
「彼には勝利で自信を、銘華は一度鼻っ柱へし折って落ち着かせようと思っとったんやがな、ちと面倒になったわ」
「彼女は扱いづらいだろう。なんせ元が、あの不死鳥だからね」
「前任が偉大だとツラいわ、全く。元の術よりも妖具の扱いが上手いとか異常事態やで、ホンマ」
「そういえば不死鳥の彼と綾人、どこか似てないかいかい?」
「似とるって、歴史ある刀持ってる事ぐらいやろ。向こうさんは天狗の、綾人はお狐様の…………いや、そういえば向こうのも、狐には縁があるんやったか」
「九尾のが、彼とは仲良くしてたらしいからね」
綾人と銘華の話から、完全に別人の話へとすり替わる。
暫く話し込んでから、桜井は妖力の込められた
今後の綾人達に必要な物だ。
今桜井は、この札を渡しに来たのである。
「それじゃあ僕は帰るよ。また何かあれば遠慮なく呼んでおくれ」
「ああ、今度飯でも運ばせるわ」
「それは、無視させてもらうよ」
「すんな、アホが」
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