第26話 見えない者達の行進曲

ある時、俺が友人と久しぶりに登校していたら、同じ高校の制服を着た黒髪の女子を見かけたんだ。


その子は長い黒髪に白い肌、ぱっちりとした大きな目をしていて、

隣にいる女の話をにこやかに聞いている。


「タイプだ・・・。」

「何言ってんの?鳥羽ちゃん?」


俺が思わず呟いた言葉を友人の1人、新田が聞き取ったみたいで俺に問いかけてきた。


「おい、新田、あの黒髪の子って誰?」

「俺のクラスにはあんな女はいねぇな。知らねえよ。」

新田の答えは俺にとっては無慈悲なものだった。


「何で知らねぇんだよ。」

「おいおい、鳥羽ちゃん!怒んなよ。あの子は、確か茨木って女子だよ。俺と鳥羽ちゃんと同じクラスじゃね。」


もう一人の友人、楠木が俺の知りたいことを教えてくれた。

やっぱり持つべきものは友達だな!


「 マジ?あの子っては俺のちょータイプなんだけど。今日の放課後、声かけね?」


楠木と新田が気まずげな顔をする。


「いや、鳥羽ちゃん。何で同じクラスの女を知らねえの?それにいくら何でも停学明けてまだ半月だろ、流石に不味くね?」


新田が俺のアイデアを否定する。


「それによ。あの子の隣にいる女はよ。空手の有段者らしいし、やめとこうぜ。」


「おいおい!俺は久しぶりに登校したら、俺の好みの女子がいたから、放課後、静かな場所で告白しようと思っただけだぜ。まぁ、告白が上手く行ったら、その場で仲良くしてもらうかもしれねぇがよ。大体、空手有段者って言ってもよ。男3人で囲みゃ大人しくなんだろ。」


「それもそうだな。」

「まぁ、確かにな。」


単純な2人は、もうあの空手女に勝った気でいるのか、マヌケな顔をさらしてニヤニヤしている。


といっても、俺も似たような顔をしているんだろうな。


「いや〜、放課後が楽しみだせ。学校にはちゃんと通学するもんだな。」


〜〜〜〜〜〜


儂の名はクピド8号、このクソったれな世界で、人間の恋心を燃え上がせて、愛ってやつを人間に教え込ませる役務を持っている。


ただの天使だ。

儂のことを知っている奴はキューピットなんて呼んで、羽の生えた酒も飲めねえ赤ん坊やガキを想像するのが普通なんだが、生憎、儂は普通じゃない。


姿・形はまぁ、想像のとおりだが、儂のナンバーは8、つまり、1桁台〈ナンバーズ〉って奴だ。


1桁台だからな。ゼロ番を入れても10クピト(人)しかいねぇ激レアって奴だ。


しかも、他のナンバーズは長いクピド生(人間でいえば人生)に飽きちまって、ドロップアウトしやがった。

今は、どこで何しているかもわかんねぇ。

つまり、儂は最後のナンバーズって奴だな。


まぁ今は、2桁台〈ツーナンバーズ〉の奴らも定年とか言いやがって、どんどん辞めていっちまってるのが現状だな。


儂らの仕事は持っている弓矢で恋に悩んでいる人を射て、人を愛に目覚めさせることなんだが。

人に向けて矢を射る行為を人間愛護主義のクピドが、


「人間を弓矢で射るなんて、残酷な行為だ!」


などと訴えてしまって、クピド世界では広くそのくだらない意見が浸透してしまった。


他にも弓矢を使用する効率の悪さやクピドの筋力の低下も取り立たされたので、弓矢排斥運動が盛り上がって、650年も経っちまった。


まぁ、儂たちは矢で射るだけでしか人を愛に目覚めさせる事しかできなかったからよ。

野蛮だろうが残酷だろうがやるしかねぇって言ってやっていた。


しかしよ。

ある時、儂は弓矢や俺たち自身の能力を解析したんだ。


まぁ儂も長え、クピド生だからよ。

色んなことをしてきた。


弓矢の能力を別の物に付与する研究をしたり、儂らが、弓矢で人を射ても実際には傷が付かないから、弓矢でも射ても残酷な行為ではないという解釈論を普及したりしていた。


そんなこんな、のらりくらりと生きていたら、ある時、儂は人間が使っている銃に興味を持ったんだ。


鏃を溶かして銃弾にしたらどうかと思って試しに鋳造してみたら、人を恋に落とすことに成功してな。


これだと儂は思ったね。

始めは先込め銃みたいなやつを作ったけどよ。


火薬がなかなか作れなくてな。

まぁ、人が作ったやつをこっそりもらってきたりしていたら、適当にやっていたら、なんかうまいこといった。


おかげで13回ほど、バージョンアップを重ねることができたんだ。


見た目は、人間の世界でいうと対物ライフルのバレットM82A1みてぇな外見になっちまっだけどな。


そんなことを考えながら、フヨフヨ浮いて獲・・・おっと恋に悩む迷える子羊がいねぇかと探していたら、やたらと情念のつえぇ男3人を見つけてしまった。


あの金髪の男が、放課後とやらにあの黒髪の娘に告白をするらしいな。


他の2人は黒髪の横にいる活発そうな娘に好意を持っているみたいだ。


なんか3人ともニヤけた面をしてやがるのが気に入らねぇが、まぁ、俺は人を愛に目覚めさせればいいだけだからな。


あの黒髪の娘と活発な娘を撃ってあの男達に惚れさせれば任務完了ってやつだ。


俺は娘の後をフヨフヨついて行くと、ちょうどいいことに3人の男もついてきた。


5人は同じような格好をしたやつらがいっぱいいる建物に入っていき、

女2人と男2人の計4人が一緒の部屋に入っていった。


もう1人の男は近くの別の部屋に入ったみたいだな。


儂はアカシックレコードにリンクをして、対物ライフル13号を召喚した。


「用件を聞こう。」


そう言って、儂が振り向くと、人をトータルで2000人以上殺したような顔をした男が立っていた。


こいつは、対物ライフル13号を擬人化した奴だ。


そう。

度重なる人間愛護団体の抗議に耐えかねたクピド達が悩みに悩んで出した解答が、弓矢や銃を擬人化して、そいつに銃や弓を打たしたら、いいんじゃないか?

と思ったらしい。そうすると


「弓矢や銃がやったことだからクピド自身には罪がない!」


などと言って、弓矢や銃のせいにしつつ、人を恋に落とすことができるような逃げ道を作れたわけだ。


「おぅ。来たか。あそこにいる娘2人が今回の標的だ。お前なら楽な仕事だ。」


儂は13号に近づくが、


「八っさん、それ以上、俺に近づくな。例えあんただろうと、俺は握手はしない。それと利き腕は常に俺に見えるようにしておけ。」


「フッ。相変わらずだな。利き腕を相手に預けるようなことはしないか・・・。流石だな。13号」


「八っさん、俺は無駄な時間を過ごしたくない。さっそく仕事に移るぜ。」


13号は素早く銃をどこからか召喚し、プローンシューティング(伏せ撃ち)の体勢に入る。


「今回は観測者(スポッター)をしないのか?」


擬人化した銃とクピドの関係はスナイパーとスポッターの関係となる。


つまり、クピドが気象や相手の状況をつぶさに確認して銃に伝える、その情報を基に銃が相手を撃ち、目標を恋に落とすという形だ。


「もちろんするさ。」


儂は観測用の光学機器を召喚、光学機器を素早く操作し、目標である黒髪の娘や活発な娘、2人を恋に落とさせる対象の男3人たちを捉える。


「射撃用意!」

「了解、射撃用意よし!」


儂は光学機器で捉えた目標情報を、アカシックレコードに送信、アカシックレコードに記録されている情報をダウンロードして目標たちの詳しい情報を13号に共有する。


「おい。八っさん、本当に撃っていいのか?」


13号が儂に確認する。


そりゃそうだな。

儂らが撃つまでもねぇ。


黒髪の娘はもう別の男に恋に落ちてやがる。

活発な娘はまだだが、恋に落とさせるには男3人が悪辣すぎる。


「やれやれ。儂も勘がにぶっちまったな。」


「ラストナンバーズも年には勝てないか?」


13号が珍しくにやりと笑う。


「うるせぇ。儂は失敗を年齢のせいにするやつとパクチーが大嫌いなんだよ。」


「いや、パクチーは美味いけど。それはそうと、男3人はそのままで良いのか?」


13号が儂に聞く。


「確かにな。そのまま野放しにしとけねぇな。」


人を恋に落とすのが、クピドの能力だが、恋に落とすことができるのならその逆も然り。恋心を失くすこともできるわけだ。


もっとも、儂は進化したクピドだからな。

操作できるのは恋心だけじゃないぜ。


あの男3人を野放しにしておくと、娘2人だけでなく別の娘も大変なことになってしまうかもしれねぇ。


「射撃待て。」

「射撃待て、了解」

「目標を男3人に変える。」

「了解。目標を確認」

「弾種変更、情熱恋心弾から煩悩破壊弾に変えよ。」

「了解。」

13号がガシャッと弾倉を外し、薬室内を確認、残弾がないことを確認したら、別の弾倉を召喚、召喚した弾倉内の弾が煩悩破壊弾であることを確認したら、弾倉を装填し、薬室内に弾を装填した。


「煩悩破壊弾装填完了」


「了解、射撃用意」

「射撃用意よし!」


「撃て!」


バス!バス!バス!


儂の掛け声とともに消音器に抑えられた鈍い音が3回鳴る。


目標である男3人に煩悩破壊弾がヒット。


着弾した目標の煩悩を完膚なきまでに破壊した。

この弾は下手したら、天使や悪魔ですら、生きることに必要な最低限の欲求さえも破壊してしまう強力な弾だ。


因みに、熾天使及び悪魔間で協定を結んで、この弾は普段では使わないようにしている。


儂はクピド8号として、自分の判断でこの弾を使用することができるライセンスを持っている。


もちろん、今回は人に使用するので、その炸薬量及び煩悩破壊成分は極小に減らした弾を使用している。

あの悪辣な3人は死ぬことはなく、真人間になれるだろう。


儂は懐から、天界の煙草(ヘブン・スター)を取り出し、火をつけ、紫煙を肺にたっぷりといれる。


「せっかく、35年も禁煙したのによ。またやぶっちまった。」


儂が呟くと、13号は


「ふん、いつも会うたびに吸っているじゃないか。」


「うるせぇ。例え、1秒でも3年でも、止めたといえば、禁煙になるんだよ。」


「やれやれ。八っさん、今回はあの男たちの情念に騙されたな。」


「まぁ、あの年代の男って奴は、性欲がやたらとつえぇからよ。純粋な恋心なのか、獣みてぇな心なのか見破るのは難しい。だからよ。アカシックレコードに対象を確認するんだけど、今回も最終チェックしてよかったな。まぁ、今回の件で黒髪の娘にゃ悪いことをしたからよ。彼女の恋が実るのを見届けるかなぁ。」


「八っさん。見届けるのは良いが、無理矢理は駄目だぜ。」


「ちゃんと見届けるさ。」


儂を含めて、クピドは自分達が操作せずに自然に相思相愛に成るのが好きなんだよなぁ。


まぁ、あの黒髪の娘に関しては、アカシックレコードで確認したところ、もっと面白いことになっているみてぇだからよ。

見てるだけでも楽しめそうだな。


儂は立ち昇る紫煙を眺めながら、ひとり笑う。

人間世界もなかなか捨てたもんじゃねぇな。

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