お兄ちゃんにサーカス鑑賞に誘われる。

 六月も下旬。蒸し暑い日々が続いている。

 今日もまた、冬原さんと目が合った。冬原さんはもう慣れっこになっているのか。廊下の端の方を縮こまるように通っていくわたしのことなんか気に留めないふりで、あの子のクラスの女子たちと話してる。

 どうして、冬原さんの周りにはあんなに人がいるのだろう。

 そして、わたしもできたら、冬原さんの周りにいたかった。彼女を取り巻く一員でありたかったと思う。


 一日中、じとじと思い悩んで帰宅したら、お兄ちゃんが「橘子ー。今度の土曜日、サーカスが来るんだってよ。俺、二枚分チケット申し込んじまった」なんて、テンション高く言ってきた。

 わたしのお兄ちゃんは、私大のいいところに家から通ってる。今、大学一年生。サークルに入ったり、バイトをしたりしてるうちにぐんぐんと垢抜けて、ついには先月、コンタクトデビューしたし、髪も茶色に染めた。

「えー。サーカス? やだよ、かったるいよ、行くの」

 わたしは反抗するけれど、お母さんまで、

「うちの近所のクイーンショッピングストア前の空き地だよ。自転車で行ける距離なんだから、橘子、見てきな」なんてウキウキして話してる。

 図書館で勉強するつもりだったのに。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る