第62話 文化祭⑦
『…本日は文化祭二日目!しかも二日目は外部からの人もいっぱい来るぜ!』
『俺今日母さんとかが来るんだけど…』
現在調理室のスピーカーからは始まる前の少しの時間を使って昨日と同じ二人で雑談をして時間を潰している声が聞こえてくる。
あれから俺はどうすればいい考えてみた。
その結果……特に何も思いつかなかった。
しかもだ!一応あの話を修哉にもしてみたのだがそれ対する返答が「お前は気にしすぎだ、馬鹿か?なんとかなるだろそんなの」と言われる始末。
一応その後に「いつも通りでいいんだよ」とは言われたがそれが花守さんの場合合ってるか分かんないんだよな…、あぁこれで変な印象持たれたら最悪だ…。
俺は生まれ持つネガティブ思考をフル回転しながらスピーカーから聞こえる雑談に耳を傾けた。
『…でそこで父さんがな…っとそろそろ時間みたいっすわ』
『あっ、ほんとじゃん。んじゃ、今回は短めに十秒から』
すると雑談が突然止まったかと思えばどうやら開始の十時にからのようで、雑談に続いて今度はカウントダウンが聞こえ始めた。
「『十!』」
「『九!』」
みんなよくこれ飽きないで元気にやってるな…、俺なんか数えてすらないし。
俺は周りでカウントダウンをともに行う人たちを見てなぜか感心してしまう。
絶対俺みたいな人はいるとは思っていたが周りを見る限りそんな人はいない、いても今放送している人たちぐらいだろ。
絶対あれは少しめんどくさいから時間を縮めたんだ、多分そうだ。
しかし、結局この場にいないことは事実、俺は一人下がっていくカウントダウンを聞いていた。
「『三!』」
「『二!』」
「『一!』」
「『ゼロ!』」
はい、てことで始まりました、文化祭二日目。
今回は先ほど放送であった通り、保護者も来るという人口密度がえぐい今日、うちのクラスはどのぐらいの疲労を抱える仕事となるのだろうか、気になるとこですね。
「江崎くん、今のうちに色々準備しとこ」
「あ、はい」
すると後ろに立っていた水瀬さんが俺に声をかけてきた。
確かに混むと断定できるほど予想しているわけだし今のうちにやれることだけやっといたほうがいいかもな…。
俺は水瀬さんに了承の合図を送り、身につけているエプロンを少し縛り直してから俺も持ち場に着いた。
よっしゃ!どんとこいや!
—— —— ——
「二番テーブル、オムライス二つ!」
「了解!」
「四番テーブル、サンドウィッチ一つ!」
「了解!」
「一番テーブル、オムライス一つ、ナポリタン二つ!」
「了解!」
「五番テーブル、サンドウィッチ二つ!」
「了解!」
現在十二時過ぎ、調理室ではつい昨日見たことのあるような景色が広がっており、俺もその中で一緒懸命オムライスを作っていた。
予想通りかと言われれば予想をやっぱり超えてきた、と答えるのが正解だろう。
やはり保護者など生徒以外の人も来るから現在学校にいる人はいつものの倍にもなる、だからか現在昨日よりも一度に注文する量が多く感じる。
おかげで全員ヘトヘト状態、一刻も早くこの時間が終わって欲しいと願うばかりである。
「ん?おい、その子誰だ?」
「は?何言って…誰だこの子?」
「ん?」
すると突然後ろのほうが騒がしくなり、誰、とか可愛い、とかのフレーズが聞こえてくる。
どうしたんだ?
今聞こえてくる言葉を聞くだけでも小さい子供だというのはなんとなく想像できるのだが俺はまだよく分かっていない、ちょっと気になった俺は後ろを振り返って確認してみる。
そこには…。
「あれ?信弥くん?」
「あ、お兄ちゃんいた!」
長袖長ズボンを着用し、ライオンのぬいぐるみのリュックを背負っている信弥くんの姿があった。
すると俺の存在に気づいた信弥くんはビュンッと勢いよくこちらに向かってきて俺の前まで来ると俺の足をガシッと身体全体で掴む。
一方周りは突然の俺に対するお兄ちゃん発言に「お兄ちゃん?」「弟?」などとざわついている。
「信弥くんどうしたの?こんなところに来て?」
俺は目の前にいる信弥くんにそう聞いてみる。
今日は文化祭二日目で保護者も来場出来る日であるため、信弥くんがいるのはなんら不思議なことではない。
しかし、調理室に一人で来たとなると話は変わってくる。
流石にこんな大勢の中、信弥くんが一人で来るとは思えない、となるとやはり保護者である花守さんの親が一緒に来ているはずだ。
でもそんな人と一緒にいた感じはなく、明らかに一人で来た様子。
しかもこの感じ多分俺に会いに来たと思ったほうが自然的だろう、さっきいたって言ってたし。
信弥くんは俺の質問に対し少し考えてから答えてくれた。
「えっとね、お兄ちゃんに会いに来たの」
「そうかぁ。じゃあどうしてここが分かったの?」
「お姉ちゃんがお兄ちゃんはお料理してるって言ってた!でね、オムライス出てきたとこ見たから来た!」
「すごいなぁ…」
素直にすごいと思う。
何がすごいって、俺がここにいると思って来たとこもそうだし、そもそも一人で行こうと思うとこもすごい。
最近の子供たちは好奇心が溢れまくってるのか、それとも俺の好奇心がなさすぎるだけなのか…。
「あ、そうだ。信弥くん、お母さんとかお姉ちゃんには一人で行くって言った?」
「あ……」
「そうかぁ、言ってないのか」
俺は信弥くんに感心しながらもう一つ聞きたいことを聞くと信弥くんは今思い出したかのような顔をして黙り込んでしまった。
となると今向こう側は大変なことになってるだろうなぁ……連絡しとくか。
俺はポケットにしまってあったスマホを取り出し花守さん宛にメッセージを送る。
『急にすみません。今こっちに信弥くんが来ているんですけど、どうしたら良いでしょうか?』
花守さんのことだ、多分すぐに返信を…っと返信ではなく着信が来た。
俺はすぐさま通話ボタンを押す。
「はい」
『あ、江崎さん!あの信弥がそこにいるって…』
「うん、いますよ。どうやら俺を探して調理室まで来たらしいです」
『良かったぁ…。急にいなくなってたので慌てて探してまして…』
「まっすぐこっちに来たみたいだから何もあってないみたいだし、本当によかったです。それでどうします?別にこのまま居てもらっても大丈夫ですが」
『あ、それは今……あまり会わせたくはないのですが…母がそちらに向かいましたので引き渡していただければ』
「分かりました」
やはり向こうは向こうで慌てていたらしいので連絡しといて良かった。
そして話を進めていくうちにどうやら花守さんのお母さんがこちらに向かっているとのことで待っていてほしいのこと。
俺は了承の言葉を言ってから通話を切る。
コンコンッ
「すみません、花守信弥の母ですけど…」
「あ、ママ!」
「信弥ー!」
すると切った瞬間扉からノックをする音が聞こえたかと思えば、その扉から顔を出して花守さんの母と言う女性が出てきた。
一つ縛りの茶髪にやはり花守さんのお母さんだからか特に目あたりの顔つきが何処となく花守さんに似ている、花守さんが大人になったらこんな身なりになりそうな感じだ。
「もー…一人で勝手に出歩かないで。すごい心配したんだからね?」
「ごめんなさい…」
「皆さんも本当にすみません…」
「あ、いえ。全然大丈夫ですよ」
「あら?あなた…」
花守さんのお母さんは信弥くんに気づいてすぐさま駆け寄り、とても申し訳なさそうな顔をしながらこちらに謝罪の言葉を口にした。
俺がそれを受け取ると何故か花守さんのお母さんは何かに気付いたのか俺の顔を見つめる。
え、俺?なんかついてるかな?
俺は突然のことに顔中を確認してみるが特にこれといったものはついていない。
「あ、すみません、何もついてませんよ。その、もしかして江崎さんですか?」
「え、あ、はい…。そうです」
「やっぱり!あ、私は花守の母の
「どうも…」
するとまだ名乗ってもいないのに花守さんのお母さんは俺の名前を口にして、その本人だと知ると何故か喜び出した。
花守さん伝わりだろうか?
「前から楓や信弥がよく楽しそうに口にしてたから、一度お会いしてみたかったのよ」
「あ、そうだったんですか」
やはり俺の考え通り花守さんと信弥くん伝わりだったらしく俺のことは結構前から知っていたと話してくれた。
というか俺の話を楽しそうにかぁ……ちょっと嬉しいな。
「色々お話ししたいのだけれど…今はダメよねぇ」
「はい、今は作業中なのでちょっと…」
「なら、この後少し時間あるかしら?せっかくだしみんなで回らない?信弥も遊びたそうだし」
「お兄ちゃんと遊べるの!?」
「あ、いや、んー………すみませんが花守さんに聞いてからでも…」
「私も花守よ?」
「あ、いえ、その…楓さんにですね…」
すると花守さんのお母さん…いや今回だけは椿さんにさせてもらおう…。
椿さんは結構友好的なのか俺とまだ話をしたいらしくこの後の予定を聞いてきた。
俺は戸惑いながらも少し考え、少ししてから保留の言葉を口にした。
というのもこの後俺は花守……楓さんと一緒に文化祭を回る約束をしている。
そこで予定にはいなかった人が急に来るとなると楓さんがそのことについて良いというか分からない、家族なら尚更だ。
なので回るのなら先に楓さんに聞いてからにしたいのだが…。
……いや、楓さんって言うの慣れないな……、楓さんはこういう時だけにしとこ。
「ふふっ、ごめんなさいね。でもそうよね、あの子すごい楽しみにしてたから。邪魔しちゃ悪いわよねぇ。今の話はなしで」
「あ、はい…」
「お兄ちゃん遊べないの?」
「ごめんね、信弥くん。また今度遊ぼうか」
「…分かった」
しかし俺がそう言うと意外にもあっさりと手を引いて今の話はなかったことにされた。
それに対する信弥くんの落ち込みが可哀想だったが……すまん、信弥くん。
するとそんな信弥くんを見た椿さんが少し考えるとある提案を口にしてきた。
「んー…、それなら今度うちに来ない?予定さえあえばだけど」
「え?花守さん家にですか?」
「そうよ?」
内容はなんと花守家への招待であった。
え?俺が?花守さん家に?
俺はまたもや突然な提案に困惑する。
「良いんですか?こんなまだよく知りもしない野郎をお宅に上げて?何をしでかすか分からないのに」
「全然大丈夫よ。あなたのことは楓からすごい聞いてるからね。それにあなた変なことはしないでしょ?」
「え?まぁそれは…はい」
俺は困惑しながら椿さんに向かってそう聞いてみる。
先に言っとくが今回ばかりは俺に味方をして欲しいな。
だってまだあっても間もない、どこぞの馬の骨かも分からない、そんなやつを信弥くんのためにそう簡単に自分家に上げるか、普通?
しかし、そんな俺の質問すらも簡単に流して、どう来てもオーケー、みたいな体制に入ってしまっている。
もうこの人すごいな、色んな意味で…人をなかなか疑おうとしない人だよ。
まぁそんなところがなんとなく楓さんに似ているのでやはり親子なんだなぁとも思ってしまう自分がいた。
おっと、そこは今はいいか。
それよりもどうしたらいいだろうか………でもまぁ、断る理由なんてないんだけどねぇ。
友人宅に行くことなんてなかなかない俺にとってはその提案はとても嬉しいもの、それに加えそれが信弥くんのためとなると尚更断る理由などない。
「えっと…本当に大丈夫なのなら…お願いしま」
「おっけ!決まりねぇー。あ、はいこれ。一応私の連絡先ね。なんかあったら連絡してちょうだい」
「あ、え、あ、はい…」
「それじゃ、私たちはここで。これ以上いたら本当に邪魔になっちゃうからね。これからも楓のことお願いします」
「バイバイお兄ちゃん!」
「あ、はい、さようなら」
俺がその提案に乗らせてもらおうと了承の言葉を告げようとしたのだが最後までそれは言えることができずに決まり、しかもたった数秒の間になんと椿さんの連絡先を交換するという謎のタイムアタックまでも終わらせてしまった。
そしてある程度やることが終わった椿さんは信弥くんを連れて調理室を去っていったのであった。
ここまでなんと三十秒未満。
「嵐みたいな人だったな…」
俺はそんな独り言をぼそっと呟く。
信弥くんを拾ってそのまま帰っていくのかと思えば花守さん家にお邪魔する約束までして、さらには連絡先まで、そりゃそう思ってしまうだろう。
あっと、そうだ、仕事だ
そこで俺はハッと自分の仕事について思い出した。
俺は速やかに調理をする体制に入ろうと再び色々と準備をしていると、俺の周りが何かざわついていることに気づいた。
俺は聞き耳を立て、何を話しているか聞いてみる。
「今の花守さんのお母さんか?」
「え、でも、さっきの子江崎の弟なんじゃ…」
「でもママって言ってたぞ?」
「じゃあ江崎さんのお母さん?」
「花守って言ってたけど」
「どういうことだ?」
あー……やっちまったー…。
俺は周りの人たちから聞こえてくる言葉を聞き、全てを理解して頭を抱える。
そういえば最初は信弥くんが俺に対してお兄ちゃんと呼びながら来たのだ、この時点で周りは信弥くんは俺の弟だと認識することだろう、しかしその後に花守さんの母と名乗る人に信弥くんが抱きついた、もうその時点で頭がおかしくなる。
簡潔に言えばこんな状況だろう。
………やばいよな?
別に事情を話せば済む話なのだがこの場の人たちが俺とまともに話を取り合ってくれると思うか?、いや出来ない。
つまり、俺ができることはろくな弁明もできないまま話が膨らむのを待つことしかできない。
はぁ………せめて変に話が膨らまないようにしなくてはだな。
俺は少し小さなため息を吐くと成功するかどうかも分からん対策を考えることにし、あと三十分以上ある調理時間を迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます