第63話 文化祭⑧

「疲れたぁ…」


 俺は廊下のところどころに設置されているベンチに座って一息つく。

 椿さんたちが帰ってからは特に変わったことはなく、ただただ押し寄せてくる注文波を捌いては調理し続けていた。

 そしてそんな時間も終わる時は終わり、今は花守さんと事前に決めていたこの待ち合わせ場所で待機しているところだ。

 にしても…どうしたものかねー、変な風に思われないようにするためには…。

 俺は待っている間昨日から考えていたことを最後の最後まで考えようとする。

 一応調理している時にも時折考えてはいた、だがやはりと言ってもいいぐらいに全くキーワードの一つも出やしなかった。

 そして、今そんな俺が再びそれについて考えようとしているのだ、…結果は薄々気づいているだろう。

 俺は頭を振り絞って案を出そうとする、しかし、やはり同様に何一つとして出てくることはなかった。

 くうぅ…どうしたらいいんだ……修哉は「いつも通りでいい」って言ってたが…。

 少し前にも言ったと思うが修哉にもこのことを話したところ何故か呆れられ、今のような言葉を投げかけられた。

 まぁ修哉の言っていることはごもっとも、呆れられても仕方がないことだと思う。

 しかし、そんな修哉が唯一俺に投げかけた言葉だ、もしかしていつも通りなら大丈夫だ、と遠回しに言ってるのか?

 うん、そうだ、そういう意味だったんだろう、そうじゃなきゃ俺はもうどうしようもない…。

 ようは俺なりのいつも通りでやればいいんだいつも通りで、………まぁそのいつも通りがよく分かってないんだけどね。

 俺は半端諦めの状態で修哉の言葉を都合の良いように解釈して花守さんとの文化祭を迎えることに決めた。

 さて、もうこのことについては触れないでおいて、そろそろ花守さんが来てもいい頃合いなんだけど……ん?

 俺はその話に区切りをつけ今度は花守さんについて考えようとすると、廊下の奥の方が騒がしくなっていることに気がついた。

 というか今日俺の周り、騒がしくなること多いな、なんだ?今日俺の身に何か起こるのか?

 俺はそんなことを思いながら騒ぎがあるほうに目を向けてみる。

 俺はその中心であろう場所を見て絶句する。

 その先にはいつぶりか目にするメイド服を着用している花守さんの姿があった。

 そして、俺の視線に気がついた花守さんは先ほどよりも早足でこちらに近づいてきた。


「遅れてすみません、江崎さん!少し行く途中でいろんな人に捕まってしまいまして…」

「あ、いや、それは全然大、丈夫だけど……失礼ながらその服装は……?」


 俺は開口一番に謝罪の言葉を放った花守さんに今誰もが聞きたいであろう質問を聞いてみた。

 念のため言っておくがもちろん俺はこんなメイド服で来るなんて情報は一つも聞いていない、聞いていたら多分今みたいな状況になっているだろう。


「これですか?この前江崎さんに聞きそびれてしまったので、ちゃんと着て聞こうかと思いまして」

「あ、もしかして、この前言おうとして言わなかった…」

「はい、それです」


 花守さんが言うその返答に俺は先日お披露目会があった日の放課後の出来事を思い出した。

 あの時花守さんが俺を文化祭に誘ったあと、もう一つ何かを言おうとしていたが当日話すと言って話してくれなかった、まさかそれがこれだったとは…。


「それで、その…少し聞いてもいいですか?」

「あ、はい…」


 俺が少しずつなんとなく納得していると、花守さんが少し恥ずかしそうに質問していいかと尋ねてきた。

 俺は多分今から言おうとしているのがこの前言おうとしているものなんだろうと俺はそれを承諾した。

 花守さんはやはり恥ずかしいのか頬を赤らめ、少し間を開けてから口を開いた。


「その……どう、ですか?この格好…?」


 内容は俺の今までの人生の中で初めて聞かれたものであった。

 いや、どう、って…そんなの…。

 俺は突然の質問に少し戸惑いながらも口に出す言葉は前から考えていたのかスッと頭の中に入っており、俺はそれを嘘偽りなく答える。


「えっと……とても似合ってますよ」

「!!……あり、がとうございます……」


 俺がそう言うと花守さんは先ほどよりも更に頬を赤らめながらもとても嬉しそうな表情をしていた。

 それを見て言った本人である俺もどこかこそばゆさを感じた。

 そしてそれとは別に何か嫌な予感を感じる俺でもあった。

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