第9話
邪悪な笑みを浮かべているが、嫌な感じはしない。という矛盾した印象の瀬下を、少し複雑な思いで見ながら近づく。
裏門とはいえ人通りもそれなりで、目立つ色の車と金髪の男のセットは当然注目されている。補講を免れたらしい同じクラスの生徒がぎょっとしたように目を剥いてから、素早く顔を伏せてそそくさと通り過ぎていく。
車と金髪と英智を中心に円を描くように人が避けていくその様は、シャチに気づいて慌てて逃げだすイワシの群れのようだった。
「坊ちゃんが俺のことを疑ってるよーなので、……はいどーぞ」
昴が言っていたように瀬下を名乗る男は金髪だし、英智を拉致しようとするならもっと目立たない車を選ぶだろう。そう思って腹を括り、助手席のドアを開けて乗り込もうとしたとき、瀬下が銀紙に半分包まれた板チョコを渡してきた。
食べたくもないので首を傾げて眉をひそめると、へらぁっと笑いながら瀬下が板チョコをくるっと裏返す。
板チョコの裏は液晶画面だった。通話中の文字が点滅している。
「スマホカバーだったんですか……」
「そー。うまそーでしょ? オレこーゆーの好きなんだよね。ケーキの形した消しゴムとかめっちゃかわいいじゃん? 食品サンプルで作ったマグネットとか、冷蔵庫のドア埋め尽くす勢いで貼っちゃう」
「はあ……そうですか」
「糸引く納豆のやつとか見るたびに、うへー冷蔵庫にこぼした納豆ついてる~! てなんの。じゃ、なくて、ほら電話出て!」
全く興味をそそられない小原の個人情報とともに、板チョコ風スマホが再度差し出された。英智は仕方なく受け取り、耳に当てる。
「もしもし……?」
『英智、瀬下に困ってるか?』
「昴さん……!」
『その声の調子だと、困ってたんだな』
困っていたかと問われれば否とは言えない。というよりは、戸惑っていた。
今朝まで送迎をしてくれていた寡黙な津田沼とはあまりにも瀬下の性格が違い過ぎたし、昴の事務所で見かける男たちと比べても異質だったからだ。
とはいえ、ヤクザらしいヤクザを率いる立場の昴がヤクザに見えるか、と問われれば、全くそんなふうには見えないと答えるだろう。
『見かけは怪しいが仕事はできる。信用していい』
昴のその一言で、瀬下に対する不信感は霧散した。
彼が信用していいと言うなら、いつまでも警戒しているのは馬鹿らしい。
わかりましたと昴に答え、通話が終了したスマホを瀬下に返す。
「もういーい? オレ信用された?」
瀬下の問いに肯きつつ助手席に乗り込むと、彼はずれたサングラスを直しながらへらっと笑った。
「昴さんが信用していいと言いましたから」
ふーんと言いながら、瀬下がシートベルトを促してくる。真っ黒なサングラスで全く目元が見えないせいで、へらへらと笑う口元が実に胡散臭い。
「んで、どうするよ? どっか寄って買い物でもしてく?」
エンジンをかけカーナビをセットした瀬下に、鞄を後部座席に放り込んだ英智は首を横に振った。
「どこにも寄らず事務所へお願いします」
早く昴さんに会いたいから。と、その言葉は飲み込んだ。
本当は一時も離れていたくないので。という本心は、他人には絶対に聞かせられない言葉だとわかっているから。
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