第6話
「 二年間、待て」と、〝すばる〟は言った。
ぶかぶかのコートごと抱きかかえられ、初めてのことに緊張する自分へ〝すばる〟はゆっくり語りかけた。
自分はあまり普通じゃない伝手を持っていて、それを使えば〝えいち〟に家を用意してやれる。と言う〝すばる〟の言葉は何を言っているのかほとんど理解できなかったけれど、唯一わかった〝待て〟の言葉に、なんだか寂しいような痛いような、すうすうと風が吹くような、そんな気分でうなずいた。
この〝あたたかい〟人と、本当はずっと一緒にいたかった。
だけど〝すばる〟は首を横に振った。
そのまま広場から離れて、白と赤の光が眩しい建物の方へ〝すばる〟は自分の背を押した。
そこは〝こうばん〟といって、〝すばる〟が言うには〝すばる〟の側にいるよりずっと〝あたたかい〟のだという。
そんなのはうそだと思った。
浅黒い肌の男や母親が今日はいっぱいおにぎりをくれると言っておきながら、夜になっても次の日になっても米粒ひとつくれなかった時のように、あんな赤と白の光がチカチカする変な場所が、〝すばる〟の側より〝あたたかい〟はずがない。
だけど〝すばる〟は行けと言う。
そこに行って助けてもらえと言う。
〝助けてもらう〟って、なんだろう。
その言葉もよくわからなかった。
けれど〝こうばん〟へ向かう途中に〝すばる〟が言っていた、
「暑くもなく寒くもなく、飢えることもないし、理不尽なことで怒られたり叩かれたりもしない。誰も自分を無視しないし、誰かがいつもえいちの名前を呼んでくれる」
と、そういうことが〝助けてもらう〟ということならば、それは全部〝すばる〟がしてくれたじゃないかと思った。
自分はもう、じゅうぶんあたたかかったし、怖くもなかったし、痛くもなくて……〝すばる〟が〝えいち〟と呼んでくれたから、本当にもう、じゅうぶんだった。
……じゅうぶんだったのに。
だけど〝すばる〟は、一人でそこに行けと言う。それで、「にねんかん待て」と言う。
背中を押されてしぶしぶ〝こうばん〟へ行き、そろいの服を着た男たちが自分を取り囲んで慌てているのをぼんやり見つめながら、待てというのはいったいどれくらい待てばいいのかと、それだけを考えていた。
〝にねんかん〟という言葉がどのくらいの長さを表すのか、自分は知らなかったのだ。
けれどどんなにいっぱい待つことになっても、「すばる」と、その名前を心の中で呼ぶだけで、自分はきっとどれだけでも待てると思った。
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