第11話 友達ノート 前編
「はあ……今日も疲れたな」
外から部活動終わりの生徒達の楽しげな声が聞こえてくる中、職員室で一人の男性教師が椅子に座りながらため息をつく。
他の教師が全員帰宅していたり別用で席を外していたため、職員室には男性教師しかおらず、男性教師はその静まり返った職員室を見回しながらどこか寂しそうにふぅと息をついた。
「まあ、仕方ないとはいえ、他の先生と雑談をしながら仕事が出来ないのは少し堪えるな。けど、俺は特に顧問をしている部活動も無いし……」
男性教師が腕を組みながら小さく唸っていたその時、コンコンと職員室のドアをノックする音が聞こえ、それに続いてカラカラと音を立てながらドアが開くと、両手でプリントの束を持った女子生徒が職員室へと入ってきた。
「失礼しまーす……って、先生いないや」
「ん……どうかしたのか?」
「あ、
「そうか。因みに、どの先生だ?」
その問いかけに対して女子生徒が教師の名前を答えると、千田
「それなら、席はそっちだぞ。とりあえず机の上に置いて、メモを残しておけば良いんじゃないか?」
「わかりました。ありがとうございます、先生」
「どういたしまして」
女子生徒がプリントの束とメモ書きを机の上に置く中、元樹が再び仕事に取りかかろうとしていると、女子生徒は元樹の席へと近づき、不思議そうに話しかけた。
「あの、先生。つかぬ事をお聞きしますけど、何か悩みってありますか?」
「悩み? まあ……無くはないけど、どうしてそう思ったんだ?」
「先生がどこか哀しそうに見えたので。因みに、どんな悩みなんですか? さっき教えてもらった分、私もお話くらいは聞きますよ」
「うーん……生徒に話す程の事でもないけど、まあせっかくだし聞いてもらうか」
そして、元樹が悩みを打ち明けると、女子生徒は顎に手を当てながらうんうんと頷いた。
「なるほど……たしかにそれは寂しいかもしれないですね」
「まあな。ただ、俺だってそうは言ってられないし、誰か戻ってくるまで待ってるつもりだけどな」
「そうですか……あ、それならこの子がお役に立ちますよ」
女子生徒がどこからか取り出したのは、綺麗な七色の表紙のノートだった。
「ノート……?」
「はい。これは“友達ノート”といって、頭の中に誰かを思い浮かべながらその日の出来事や思った事を書くと、この子がまるでその人がそれに対して答えて書いてくれたように返事なんかを書いてくれるんです」
「ノートが返事を……ははっ、面白い冗談だな。それじゃあ、お前を思い浮かべながら書いたら、このノートがお前の筆跡や考え方を真似て返事を書くっていうのか?」
「そうですよ。自分の何気ない話や真剣な相談に対してしっかりと聞いた上で自分なりの答えを書いてくれる。その姿がまるで気心の知れた友達のようだって事で、私の御師匠様がこの名前をつけたんです」
「御師匠様って……まあ、それは良いとして、どうしてお前はそれを俺に見せてくれたんだ?」
その問いに繋ぎ手はにこりと笑いながら答える。
「さっきも言ったように、この子なら先生のお役に立てると思ったからですよ。私は御師匠様の作った道具と縁のある人に道具を紹介する役目もありますしね」
「そうか……あ、そういえば前にウチの生徒で突然他の生徒からのウケが良くなった奴がいたみたいだけど、その生徒もお前から道具を紹介されたのか?」
「ああ、たぶん撫子櫛の子ですね。そうですよ。あの子、別に見た目も悪くなかった上に自分が好きな男の子が自分の事を好きなのに気づかずにいたみたいですけど、撫子櫛が手助けをした事で自分にも自信を持てるようにもなって好きな子とも付き合えるようになって今では幸せそうにしてますよ」
「そうなのか……まあ、だからといって俺もこのノートに頼ろうっていう気にはならないけど、色々話を聞いてくれる相手がいるのは少し魅力的な気はするな……」
元樹が少し迷ったように友達ノートに視線を向けていると、繋ぎ手はその姿を見てクスクスと笑う。
「大丈夫ですよ。もしも先生が後になって返したいと思ったら、遠慮無く返してもらって大丈夫ですから」
「え、でも……良いのか?」
「はい。私が渡してるのは店頭に置けない子や御師匠様から誰かに渡しても良いと言われてる子達だけなので、別に売り物っていうわけじゃないんです」
「そうか……まあ、そういう事なら、とりあえず使わせてもらおうかな」
「わかりました。あ、でも……一つだけ注意点があるので、それだけは守ってくださいね?」
「注意点?」
元樹が首を傾げると、繋ぎ手は真剣な表情を浮かべながら頷く。
「はい。もしかしたら、この子に誰かの悪口を言う事があるかもしれませんけど、この子への悪口だけは言わないで下さいね。この子、自分への悪口が本当に嫌いなので、もし言ってしまったら本当に大変な事になりますから」
「大変な事か……まあ、言うつもりは無いけど、とりあえず気を付けるよ。こいつに対しての悪口を言わなければ良いんだよな?」
「そうです。それじゃあお渡ししますね」
「ああ、サンキューな。それにしても、こんな不思議な物が世の中にはあるんだな……」
「ふふ、世の中は結構広いって事です。それじゃあ、私はこれで失礼しますね。先生、さようならです」
「ああ、気を付けて帰るんだぞ」
その言葉に繋ぎ手が頷き、職員室から出ていった後、元樹は先程渡された友達ノートに視線を落とした。
「……気心の知れた友達のようなノート、か。そういえば、そこまで仲良くなれたダチもこれまでいなかったけど、こんな形で出来るなんて思わなかったな。まあ、どんなもんかわからないけど、とりあえずよろしくな」
元樹は友達ノートの表紙を軽く撫でていたが、その表情はどこか嬉しそうな物だった。
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