第14話 甘々と塩対応

 やがて放課後になり、わたしは琴音さんと一緒にチャペルへと向かった。


 美波様が今日もわたしをチャペルで待ってくれているかもって思うと、行かないわけにもいかず。


 かといって、また夏姫様にお会いすることになるかもと思うと、とたんに足がずしりと重くもなるのだった。


「日奈乃さん、大丈夫ですか? 顔色があまりすぐれないようですが」


「そ、そうかな? 気のせいなんじゃないかな。あはは……」


 気丈にも笑ってみせるわたし。でも、笑い声がかわいている。


 ああ、わたし、琴音さんに心配かけているかも。


 まだ会ったわけでもない夏姫様のことを気にかけて、勝手に落ちこんでいるだなんて。なんだかわたしひとりが損しているみたいで、すごく悲しい。


「心配しないでください、日奈乃さん。今日は琴音もついていますから。琴音はずっと日奈乃さんの味方です」


「琴音さん……っ」


 もちもちとした柔らかそうな頬をほころばせて、ニコッと微笑みかけてくれる琴音さん。


 感動のあまり、胸がじーんと熱くなる。


 こんなに心強い友だち、他にいる? 琴音さんと出会えただけでも、わたしはフリージアに入学してよかったって、心から思えてきた。


 ゆううつな気持ちをけんめいにふり払い、チャペルへとやって来る。


 すると、案の定、美波様と夏姫様の姿がすでにチャペルにあった。ふたりは長椅子に並んで座り、和やかに談笑していた。


 夏姫様がわたしたちに気づき、椅子から立ち上がって胸を張る。


「ごきげんよう、日奈乃。今日はこの私が、美波さんと日奈乃をふたりきりになんかさせないんだから!」


 会うなり、夏姫様がさっそくかみついてきた。


「ご、ごきげんよう、夏姫様。べつにわたしは部活をしに来ただけで、美波様とふたりきりになることが目的では……」


「でも、美波さんとふたりでいる時は、すごく楽しいのでしょう?」


「それはたしかに、すごく楽しいですけど」


「ほら、ごらんなさい。さっそく本音が出た」


 フフン、と勝ち誇ったような笑みをこぼす夏姫様。


 やっぱり、夏姫様はわたしへの敵対心をかくさない。わたしと美波様が一緒にいるのが、そんなにいやなのかな?


 でも、わたしは夏姫様と争うつもりは少しもないし、いつだって心おだやかでいたい。人間関係でストレスを感じるだなんて、まっぴらごめんだ。


 だから、とにかく夏姫様の前ではじっと大人しくしていよう。


 そして、夏姫様に早くきげんを直してもらって、わたしを倒すなんてばかげた発想を忘れてもらおっと。


 名づけて、『夏姫様のきげんを取って、気持ちよく帰ってもらおう大作戦』! わたしって、頭いいかも!


「ところで、日奈乃のとなりにいる一年生は?」


 夏姫様が琴音さんへと目を向ける。


 琴音さんは大和撫子らしく手を合わせ、ていねいにおじぎをする。


「お初にお目にかかります、夏姫様、美波様。フリージア女学院一年三組、小宮琴音と申します。今日はこうして夏姫様や美波様とお会いできて光栄です」


 ひかえめに、おしとやかに。まるで後輩のお手本のようなふるまいを見せる琴音さん。


「日奈乃さんからうかがっていましたが、美波様も夏姫様もほんとうにおきれいで、おふたりともまるで物語の世界から飛び出してきたお姫様のよう。琴音は感激いたしました」


 夏姫様と美波様が、思わず顔を見合わせる。


「いえ、それほどのことは……」やんわりと否定する美波様と、

「まあ、それほどのことはあるわね」得意げな笑みをこぼす夏姫様。


 同じ二年生でも、ふたりの反応は太陽とお月様くらい正反対だ。


 それにしても、いい調子だよ、琴音さん! 


 ここまでは、わたしが考えた作戦通りだよ。この調子なら夏姫様もすぐに気分がよくなって、満足して帰ってくれるかも。


 すっかり安心しきって、琴音さんとお姉様方との和やかなやり取りに目を細めるわたし。


 すると、琴音さんが、突然とんでもないことを言い出した。


「ところで、夏姫様?」


「なにかしら?」


「夏姫様は、美波様のことがお好きなんですよね? どのくらいお好きなんです?」


「なっ!?」


 あまりの不意打ちに、うろたえたように大きな目をぱちくりする夏姫様。


「い、いきなりなにを言い出すのっ!? おバカね! だいたい、初対面のあなたになにが分かるっていうの?」


 横で話を聞いていた美波様が、きょとんとした顔で口をはさむ。


「あら、夏姫さん。そうだったの?」


「ち、ちがうから。私はべつに、好きとかそういうんじゃなくて、ただひとりの友人として、美波さんのことが気になっているだけだからっ」


 頬をほんのり朱に染めながら、プイと顔をそむける夏姫様。


「琴音のかんちがいでしたか。それは失礼いたしました。ところで、日奈乃さん?」


 琴音さんがおわびしつつ、今度はわたしに話をふってくる。


「日奈乃さんは、美波様のことがお好きなんでしたよね?」


「えっ?」


 琴音さんにたずねられ、わたしは即答した。


「そりゃあ、もう。美波様は美人でかわいくて、こんなわたしにもいつも優しくしてくれて、褒めてくれて、必要としてくれるんだもん。大好きに決まってるよ!」


 わたしは明るい声を返した。


 たちまち、美波様の表情がぱああっ! とまぶしくかがやき出す。


「うふふっ。日奈乃ったら、そんなにわたくしのことが好きなの? まったく、しょうがない子ね。わたくしが面倒を見てあげるわ」


 わたしのすぐそばまで歩み寄り、いい子いい子、と優しく頭をなでてくる美波様。えへへっ、ちょっとくすぐったいかも。


「ま、待ちなさいっ!」


 夏姫様があわてて美波様とわたしの間に割って入り、無理やりふたりを引き離す。


「べ、べつに私だって美波さんのことがきらいだとは言ってないでしょう! 『好き』か『きらい』かって言われたら、そりゃ、私だって……好きだけど」


 夏姫様はりんごみたいに顔を真っ赤にしながら、すねたように唇をとがらせる。


 琴音さんが冷ややかな目で首をひねる。


「あれ? 先ほどは、美波様のことは好きとかそういうんじゃないとおっしゃっていたような」


「へっ? ……ええ、そうよ! 私はただ美波さんのことが心配で放っておけないだけ。だから、仕方がないから、この私がずっと美波さんのそばにいてあげようって心に決めたの! なんか文句ある?」


 夏姫様は腕を組み、赤い顔で挑むように言い放つ。


 すると、美波様が言った。


「あら、わたくしのことは、そんなに心配してくれなくても大丈夫よ。わたくしはひとりでもやっていけるから」


 夏姫様を安心させるように柔らかく微笑む美波様。


 けれども、わたしはそんな美波様の言葉に切なげな響きを感じて、口を開いた。


「ひとりだなんて言わないでください! 美波様にはわたしがついていますから! 困ったことがあったら、なんでも言ってください! わたしがなんでも手伝いますっ!」


「日奈乃……っ」


 わたしの必死の訴えに、美波様の瞳にうるおいが増してくる。


 美波様はふたたびわたしに近づくと、まるで大きなぬいぐるみでも抱きかかえるかのように、ぎゅっと腕を回してきた。


 たちまち、全身が沸騰したみたいにカッ! と熱くなる。


「も、もうっ! 美波様、わたしはぬいぐるみじゃないんですからねっ!」


「ごめんなさい。でも、わたくしは今日も日奈乃の温もりに生かされていると思ったら、つい、ね。またいつか、日奈乃に頼らせてもらってもいいかしら?」


「任せてください! どんと来いですっ!」


 互いに顔を見合わせ、ふふっと微笑み合うわたしと美波様。


 美波様のうるわしいお顔を間近で眺めたら、ますます熱が上がってきちゃったかも。


「なんでそうなるのよっ! 私にはめちゃめちゃ塩対応なのに~っ!」


 ついにキレ出す夏姫様。


 そんな夏姫様に、琴音さんがさとすような声で告げる。


「夏姫様は日奈乃さんを倒すと宣言されたようですね。ですが……勝負する必要あります、これ? 琴音には、もはや勝負するまでもなく、日奈乃さんの圧勝だと思われるのですが」


「バッ、バカなこと言わないでちょうだい! あんな小娘、私がこの手でこてんぱんにやっつけてやるんだから~っ!」


 夏姫様が声を荒らげ、くやしそうに地団太をふむ。


 ……って、琴音さん! ますます火に油を注いでどうするの~っ! 

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