第13話 琴音さんは名探偵?

 翌日の、お昼休み。


 わたしは学校の中庭にある木陰のベンチで、琴音さんといっしょにお弁当を食べていた。


「……えーと、どうしてそういう話になるんです?」


 琴音さんが困ったように苦笑する。


 わたしは、昨日の放課後にチャペルで起こった出来事を、琴音さんにすっかり打ち明けていた。


 だって、わたしひとりで思い悩むには、あまりに手に余る問題なんだもの。


 やっかいな二年生のお姉様にからまれるだなんて、そんなこと、入学前には夢にも思わなかった。


 琴音さんが、まるで事件の真相をさぐる探偵みたいに、状況を整理しはじめる。


「まず、夏姫様が、美波様を探しにチャペルにやって来た。そして、日奈乃さんが美波様と一緒にいる場面を目撃した。ついに夏姫様は怒り出し、日奈乃さんを倒してやると高らかに宣言した――。日奈乃さん、話のすじは、おおむねこれで合っていますか?」


「うん、だいたい合ってるかも」


 わたしは卵焼きの角を小さくかじり、ため息をついた。


 夏姫様の毒気にあてられたせいか、食欲がちっともわいてこない。


「日奈乃さんも災難でしたね。あの宝城家のご令嬢に目をつけられるだなんて」


「えっ? 琴音さんは夏姫様のことを知っているの?」


「はい、とても有名な方ですから。宝城グループは、年商何兆円という日本を代表する大企業。その社長のひとり娘である夏姫様は、いつも自信に満ちみちていて、逆らえる人はフリージア女学院にはいないと聞いています」


 そんなにすごいお姉様だったんだ。ちっとも知らなかった。


「ところで、夏姫様は日奈乃さんをどうやって倒すおつもりなんです?」


「知らないよ。夏姫様に直接聞いてほしいかも」


 わたしはがっくりと肩を落とした。


 この先、夏姫様に勝負を挑まれたりするのかな? だとしたら、わたしに勝てる見こみは少しもない。


 だって、夏姫様はどんな願いでも叶うというあのチャペルでお祈りしたんだもの――わたしを倒せますように、って。だから、わたしの負けは100パーセント確定だ。


 もちろん、チャペルのうわさが真実ならば、の話ではあるのだけれど。


 でも、わたしはフリージア女学院で代々受け継がれてきたこのうわさを信じているし、真実であってほしいとも願っている。


 それなのに、わたしが夏姫様に勝ってしまったら、わたしはこれまで心のより所としてきたうわさを自ら否定することになってしまうわけで。


 夏姫様に倒されたくはないけれど、伝統あるチャペルのうわさも守りたいわたしは、いったいどうすればいいの?


 一方、琴音さんはお弁当を食べながら、真剣な表情で推理をめぐらせている。


 おかずが充実している、いろどり豊かなお弁当。見るからにおいしそう。


「まあ、話はだいたい分かりました。夏姫様がどうして日奈乃さんを倒そうとしているのか、その理由も」


「えっ!? 琴音さんには分かるの!?」


「はい。あくまで推論ではありますが」


 あっさりと事件の真相にたどり着いてみせる、名探偵・琴音さん。


 しかし、琴音さんの表情はまだ晴れてはいない。


「ただ、それでも分からないことはあります。そもそも夏姫様は、はじめに美波様を倒す気でいたんですよね? どうして夏姫様は、好きな相手をわざわざ倒そうだなんて、そんな面倒な手法を取ろうとするのでしょう? やり方はもっと他にもありそうなのに」


「ええっ!? 夏姫様って、美波様のことが好きだったの!?」


 わたしは耳を疑った。


「もしかして、日奈乃さん、気づいていなかったんですか?」


「だって、昨日の夏姫様はずっとふきげんで、むしろ美波様やわたしにずっと敵意を向けていたんだよ?」


「はたして、そうでしょうか? 美波様には自分を頼ってもらいたい。美波様とチャペルで密会していた日奈乃さんのことは許せない。それってつまり、嫉妬ですよね? これを『愛』と呼ばずして、日奈乃さんはいったいなんとお呼びするんです?」


「べつに密会だなんて……」


 琴音さんにたずねられ、思わず口をつぐむ。


 だいたい、わたしはチャペルクラブの活動をするためにチャペルを訪れたのであって、美波様と密会していたわけじゃない。


 もっとも、チャペルの扉が開いていることは、これまで美波様とわたしだけの秘密だったわけだから、誰にも言わずにふたりでこっそり密会していたと疑われても、返す言葉はないのだけれど。


 とはいえ、もし仮に琴音さんの推理が当たっていて、夏姫様がほんとうに美波様を好きなのだとしたら。


 好きな相手を倒そうとしていた夏姫様の『愛』って、いったい何なんだろう?


 夏姫様の愛は、美波様がおっしゃる愛とはまるでちがう。


 美波様の愛は、他人に尽くし優しさを与えるような、温かい感情だ。


 一方、夏姫様の愛は、無理やりにでも相手をふり向かせるような、強引なものだ。


 でも、それってほんとうに愛なのかな? 


 わたしには、愛はいつもむずかしい。


「日奈乃さん、分かりますか? 愛ですよ、愛」


「琴音さん、もしかしてわたしのこと、子供あつかいしてる?」


 ぷくっと頬をふくらませるわたし。


 琴音さんはコロコロと笑うばかりだ。


「それにしても、お夏姫様もずいぶんと面白い方のようですね。琴音は夏姫様ともお話してみたくなりました」


「ええっ!? 琴音さんって、もしかして怖いもの知らず? 悪役令嬢みたいな人なんだよ?」


「琴音には、とてもかわいらしい方に思えますが」


「琴音さん、わたしの話ちゃんと聞いてた?」


 もしかして、琴音さんって、名探偵じゃなくて迷探偵?


 そりゃ夏姫様は目が大きくて、ショートカットもよく似合っていて、見た目はすごくかわいいけどさ。


 でも、あの気の強さを前にしたら、『かわいい』よりも『こわい』のほうが、どうしたって勝ってしまう。


 ふたりでそんな会話を交わすうち、しだいにお昼休みの終わりが近くなってきた。


 琴音さんはお弁当を食べ終えると、青空を見上げ、最後につけ加えた。


「でも、琴音には夏姫様の気持ちも分かる気がします」


「どうして?」


「だって、琴音も日奈乃さんにチャペルのことをずっと内緒にされていましたから。開いているのなら、琴音にも教えてほしかったです」


「ごめんね。美波様に口止めされてたから」


「でしょうね。あのチャペルにはいろいろなうわさがありますから、美波様が慎重になるのもうなずけます。今日の放課後、琴音もチャペルでお祈りしてもいいですか?」


「うん。あとで一緒にチャペルに行こう」


 友だちの存在が、今のわたしにはすごくありがたい。


 琴音さんにはわたしの話をたくさん聞いてもらったんだもの。


 お返しに、いつかわたしも琴音さんの話をたくさん聞いてあげたいな 


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