第5話 ラブコール

 翌朝、わたしは職員室にいらっしゃる中根先生のもとを訪ねた。


 まだ『チャペルクラブ』への入部を決めたわけじゃないけど、一応、入部届の用紙だけはもらっておこうと思って。


 ほかの部に入るにしたって、用紙は必要だもんね。もらっておいて損はない。


 中根先生はわたしに用紙をくださると、さらにおたずねになった。


「ところで、早坂さんはどの部に入るのかしら?」


「まだ決めかねているんですけど、でも、今いちばん気になっているのは『チャペルクラブ』かも、って」


「『チャペルクラブ』? はて、うちにそんな部あったかしら?」


「……えっ?」


 頭の中が軽く混乱する。


 中根先生はフリージア女学院に長くおつとめになっている、ベテランの先生だ。


 その中根先生が、『チャペルクラブ』をご存じない?


 でも、わたしが美波様にさそわれたのは、たしかに『チャペルクラブ』なはずで……。


 教室にもどり、あわてて生徒手帳を開いてみる。


「……ない、ない、ないっ!」


 部活動について書かれたページをのぞきこむ。


 ダンス、バスケットボール、テニス、吹奏楽、合唱、茶道、演劇、イラスト……体育系の部活にも、文科系にも、同好会にさえ『チャペルクラブ』の名前はどこにも載ってない!


 わたし、美波様にだまされていたのかも~っ!


「――って、あの美波様にかぎって、それはないか」


 美波様の美しい笑みを思い浮かべる。


 あのおだやかで優しくて、包みこむように温かい、天使のようにうるわしい美波様が、人をだますようなことをするはずがない。


 もし美波様にだまされていたら、わたし、人間不信になって、もう立ち直れないかも……。


「どうかしましたか? 日奈乃さん」


「あ、琴音ことねさん」


 声をかけてくれたのは、クラスメイトの小宮こみや琴音さん。


 ぱっつんの前髪と、肩の辺りで切りそろえられた後ろ髪。丸顔でくりっとした目がかわいらしい、おっとりとした大和撫子だ。


 琴音さんとは、偶然席が近かったのがきっかけで、しぜんと話すようになった。


 琴音さんもわたしと同じ、中等部からフリージアに入学した受験組だ。それもあって、琴音さんは教室でいちばん話しやすい友だちだった。


「日奈乃さん。もしかして、なにか困っていることはありませんか?」


「へっ?」


 ぎくっ! もしかして、わたしが夢も将来やりたいこともなにもなくて悩んでいるって、琴音さんにバレた?


「こ、琴音さんはどうしてそう思うの?」


「日奈乃さんが、先ほどからずっと生徒手帳を食い入るように見ていましたので。あまりに何度も校則を確認しているものですから、もしかして、さっそく校則をやぶってしまったのではないかと思いまして」


「わたしはまだ何もしてないよっ」


 もうっ! 琴音さんはわたしのことをどんな子だと思っているのっ?


 でも、よかった。琴音さん、わたしの悩みに気づいているわけじゃないみたい。


「実は、探している部活の名前がどこにもなくて、驚いちゃって」


「そうだったんですね。失礼しました。で、なんという部活なんです?」


「『チャペルクラブ』っていうんだけど」


「『チャペルクラブ』? うーん。そんな部活、聞いたことありませんね」


「あはは……。だよねー」


 中根先生が知らないくらいだもの。琴音さんだって、知っているはずないよね。


「ところで、琴音さんはどの部に入るか、もう決めた?」


「いえ。ですが、琴音は今日、百人一首部の見学に行ってみるつもりです。実際にこの目で見てみないと、分かりませんから」


 そっか、琴音さんも動き出しているんだ。わたしも早く決めないと、みんなに乗りおくれちゃうっ。


 かくなる上は、真相をたしかめに、美波様のもとに突撃だーっ!





 昼休み。


 わたしは意を決すると、美波様がいらっしゃるはずの二年三組の教室を目指し、階段を上っていった。


 二年生のお姉様方が過ごしていらっしゃるフロアは、わたしたち一年生のひとつ上の階。


 後輩であるわたしが、二年生のフロアに足を踏み入れていいものなのかな? うう、緊張する~っ!


 階段を上り切り、おどおどしながら廊下を歩き出す。


「あら? お待ちなさい」


 どきっ。さっそく見知らぬお姉様に声をかけられた。


 やっぱり、一年生がここを歩いちゃいけなかったのかも……。


 つり目がちなその先輩は、つかつかとわたしのすぐ目の前までやって来ると、しげしげとわたしを見回した。


「あなた、一年生よね?」


「そ、そうですけど」


 お姉様のするどい目が、いっそう光を増した気がした。


 そして次の瞬間、いきなりバンッ! と肩をつかまれた。


 ひぃっ! こ、こわいっ!


「あなた、陸上部に入ってみる気はない?」


「……へっ?」


「あなたには陸上の才能があるわ! さあ、わたくしたちと一緒に青春の汗を流しましょう! そして、世界の頂点を目指しましょう!」


「い、いえっ。わたし、運動はあまり得意じゃないのでっ」


「大丈夫! 初心者歓迎、誰にでもできる簡単な部活だから! ちょこ~っとグラウンドを何周か走ればいいだけだから。ねっ!」


 有無を言わせぬ強引さにとまどうわたし。こういう時、どうしたら上手に断れるの~っ!?


「抜けがけはお止めなさい、陸上部!」


 わたしが困っていると、他の二年生たちが、あれよあれよとわたしの周りに集まってきた。


「それよりバレー部へいらっしゃいな。わたくしたちが、たっぷりかわいがってあげるわ」

「いいえ、演劇部でしょう? 今度公演があるから、絶対に見にいらしてね!」

「L・O・V・E! ラブリー・フリージア! チアリーディング部にぜひ!」

「君、バンドに興味ないかな? 軽音楽部はいつでも君を歓迎するよ!」

「あれェ、いいのかなあ? 家庭科部に入ればおかし食べ放題なんだけどなー。こんなにおいしい部活、ほかにはないんだけどなー」


 ひえぇ~っ! 


 次から次へとお姉様方があらわれては、興味深そうにわたしを取り巻き、ぜひわが部へと熱烈にラブコールを送ってくる。もはや動物園のパンダ状態。わたし、いつの間にかお姉様方の見せ物になってるかも~っ!


「みんな、新入生よ! 囲め~っ!」


「し、失礼しました~っ!」


 ついにわたしはその場を逃げ出し、はしたなくも一年生のフロアへとかけ下りたのだった。


 やっぱりわたし、二年生ってちょっと苦手かも~っ。


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