わたしの夢、見つけた

第2話 早坂日奈乃の大きな悩み

「うう、どうしよう~っ」


 わたしの名前は早坂はやさか日奈乃ひなの。私立フリージア女学院中等部一年三組。


 この四月に、幼いころからあこがれ続けてきたフリージア女学院に入学したばかりなんだ。


 合格通知をもらえた時は、それはもううれしすぎて、まさに天にも昇る気持ちだったよ。


 でもね、入学早々いきなり難題を突きつけられて、今とっても困っているの。


 どうしてって? 


 それはね。担任であり、シスターでもある中根先生が、こんなことをおっしゃったからなんだ。


「みなさんには、どんな夢がありますか? 将来なにかやりたいことはありますか? 今度みなさんの前で発表していただきますから、よく考えておいてください」


 中根先生は、おだやかな口調でにこやかにそうお話しになったのだけど……。


 そんなこと、急に言われても~っ!


 今のわたしには、夢も、将来やりたいことも、なにも思い浮かばない。就きたい仕事だってない。


 なぜなら、これまでわたしの夢は、ず~っと、このフリージア女学院に入学することだったから。


 その夢が叶った今、すぐに次の夢や目標を見つけろだなんて言われても、そう簡単にはいかないよ。


 そりゃあ、わたしだって、自分が『お嬢様』って柄じゃないことくらい、分かっているよ。


 でもね、清楚でかわいい制服や、宮殿みたいに上品な校舎を一たび目にしてしまうとね。やっぱりわたしも、こういう雰囲気のいいきれいな学校で、友だちといっしょに青春をキラキラかがやかせてみた~い! って気持ちになるんだ。


 だから、入学することばかりに必死になりすぎて、入学してから先のことなんて、ちっとも考えていかなった。


 でも、初等部から上がってきた子たちは、こういうのにわりと慣れているみたいで。


「あなたは将来どうなさるおつもり?」

「もちろん、海外で働くつもりよ。できれば国連の職員になって、平和のために活躍したいのだけれど。あなたは?」

「お父様が代議士をなさっているから、わたくしもいずれは政治の世界に、と考えているわ」


 ……なんて会話をしているんだよ! 


 さすがは名門お嬢様学校、私立フリージア女学院! 同じ中等部の一年生とは思えないよ!


 かといって、四月からみっともない発表をして、変な子だなんて絶対に思われたくないし。


 第一印象を悪くして、嵐の中の船出みたいなスタートを切るはめにでもなったら、目も当てられないよ。


 四月の青空は晴れやかに澄みわたって、こんなにも爽やかなのに、わたしの心はどんよりとくもり模様。


 うう~っ。これはもしかして、入学早々大ピンチかも~っ!





 そんな不安を抱えたわたしは、放課後、わらにもすがる思いでチャペルにやって来た。


 わたし、このチャペルにまつわるふしぎなうわさを耳にしたんだ――放課後にこのチャペルで祈りをささげると、どんな願いでも叶うんだって! 


 でも、普段は鍵がかかっていて、けっして中には入れないらしいんだよね。


 まさに何人たりとも寄せつけない、禁断の神の聖域。


 だから、一か八かの賭けではあるのだけど……。ほかに方法がないんだから、仕方がない。ええいっ、当たって砕けろだ!


 校舎の裏のそのさらに奥、木々に囲まれた石畳の小径を進んだ先に、うわさのチャペルはあった。


 けっして大きくはない、三角の高い屋根が特徴的な、純白のチャペル。


「ごめんください。失礼します」


 木の扉を恐るおそる引いてみる。


 てっきり閉まっているとばかり思っていた扉は、意外にも、すんなりと開いた。


「わあ~っ!」


 初めて足を踏み入れて、思わず息をのむ。


 真っ赤なじゅうたんがしかれた床。中央に伸びる通路と、左右に並んだ長椅子。天井は見上げるほど高く、正面のわずかな階段を上った先には祭壇が置かれ、その左手には小ぶりなパイプオルガンが備えつけられている。


 そして、なにより目を引くのが、西日を浴びてまぶしくかがやくステンドグラス!


 美しい模様に彩られたそれは、万華鏡みたいにキラキラときらめいて、心まで清められそう。


 しんと静まり返っていて、空気が外とはまるでちがう。張りつめた緊張感がにわかにこみ上げてきて、しぜんと背筋がぴんと伸びた。


 神聖な場所であり、なんだか結婚式場でもあるような、幻想的なチャペルの中をゆっくりと歩いていく。


 そして、祭壇の前にやって来ると、わたしは祈りをささげるように手を組み合わせ、目を閉じ、心の中で願いごとを告げてみた。



――どうか、みんなの前で発表しても恥ずかしくないような、素敵な夢が見つかりますように! 



 そして、最後にはこう唱えるんだ。


「主よ、わたしの祈りを聞き入れてください」


 まるで呪文のような言葉を口にして、そっと目を開いてみる。


 けれども――。


 祈りを唱えてみたところで、景色はなにも変わらない。急に夢が思いついたり、なにかアイデアが降ってきたりもしない。


 祈る前となにも変わらない、か弱いわたしがぽつんと立っていた。


 あはは……。そりゃ、そうだ。


 うわさは、あくまでうわさ。すぐに願いが叶うだなんて、そう都合よくはいかないよね。


 自分の浅はかさに半ばあきれ、半ば気落ちしながら、帰ろうと扉に向かう。


 その途中で、わたしはある異変に気づいた。


「たいへん! 誰か倒れてるっ!」


 てっきり誰もいないと思いこんでいたチャペルの中に、制服姿の生徒がひとり、まぎれこんでいたのだ。


 その人は、長椅子の上にくずれるように横たわり、固く目を閉じていた。


 びっくりして、そーっと近づき、様子をうかがってみる。


 すうすう、とかすかな寝息がもれ聞こえてきた。


 ……あれ? もしかして、眠っているだけかも?


 でも、どうしてこんな時間に、こんなところで?

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