回復魔法使いの魔王退治

土屋

第1話 旅立ち

主人公のカイは、剣の勇者に憧れていた。5つの頃、山で化け物熊に襲われたところを救われて以来である。そして故郷の村で7つとなり、教会の僧侶から役職を告げられたのは、回復士。カイの夢を知る村の大人はたいそう憐れんだ。回復士、それはサポーターであり、後衛職。宣告を受けた半分以上の者が冒険者ではなく、上級職の僧侶となる為に多くの治療を治療院で行い、徳を重ね、経験を重ね、医療知識を学び、半生を治療院や教会で過ごす。もちろん冒険者となる者もいるが、回復士は女性が多い。理由としては、回復薬や解毒薬があること、回復士はあくまで戦闘の補助として荷物持ちとの兼任や能力上昇の祈りが可能な聖女の系譜、女性回復士特有の能力に加えた基本技能の「回復」役なことがあげられる。そして、適齢期までにパーティーの前衛と結ばれ、所帯を持ち、冒険の危険度を下げ、治安維持の為の魔獣討伐や用心警護、最終的に都市警備の衛兵になるのだ。

つまり、男の回復士は冒険者としてかなり少なく、誰も組もうともしない、狭い門なのである。

大人しく、僧侶になるか、冒険者として難易度の低い冒険に地道にでるか。いや、地道に出たところで勇者率いる魔王討伐遠征隊の入隊資格を得ることは不可能だろう。

しかしカイは夢を諦めなかった。前例はないが、後衛ではなく前衛として戦える程になったら?と活路を見出そうとした。

幸運なことに、回復の熟練度上げは村の人々を回復職の見習いとして浅い傷に限り治療させてもらうことでできた。一年を過ぎる頃には、赤みをとる程度から深い傷の止血まで成長した。だが、大幅にペースが想定とずれ、遅れていた。このままではまずい、村一番の回復が上手いケナンにコツを聞く。

「傷や人体がこう治して、戻して欲しいって訴えてるだろ?だからその流れに逆らわず言う通りに力を流して繋いだり伸ばしたり補ったりするんだよ。簡単だろ?」

・・・・・・わからない。さっぱりだ。天才は天才ゆえに説明ができない、なぜならできない理由が理解できないからだ。彼らには息を吸うことの難しさや吐くことの難しさなんて理解できないのだろう。聞く相手を間違えた。

相談役でもある長老ユナンは様々な技能を修めており、回復術も使える。誰もが相談をするのと、よる年波による本人の体力の問題で時間の確保が難しい。150歳。長耳族との混血でもないのに、長寿である。

そしてこれがありがたい、二言、三言だったが、長々と拙い私の言葉を何も言わず目を瞑り、放った言葉だ。


「お前には、覚悟があるか?」

「あるなら泉の水を飲みなさい、そして身体の筋を切りなさい」

「それを繰り返すことで身体は強くなるだろう」


ユナンはこう言いたいのだ。技能と身体を短時間で鍛えるには代償として痛みを受け入れろ、と。

泉の水はごく僅かに回復効能があり、ただ飲み過ぎると回復痛が出る。回復痛は、かさぶたの痒みの数百倍、もちろん程度によるが腕を切ったなら腕を切った以上の痛みを一瞬で繋げた場合は味わうことになる。それを、全身で筋肉の超回復として身体をいじめ抜き、欲しいものを手に入れろといいたいのだ。いいさ、やってやる。俺は勇者と共に戦い魔王に勝つんだ!と。


私は後悔した。幼い私の覚悟など一瞬で吹き飛んだ。ユナンに言葉の楔を打たれていなければとっくに死んでいただろう。修行を再開したのは8つの時に一度、9、10の時に二度、11から飛躍的に伸び、3ヶ月に一度から12になるときには月に1、2回を身体を液体にして、また個体に、そしてまた液体に戻す事を繰り返した。


こうして私は、屈強な肉体と、体が無意識に形状記憶するように鍛えられたのだった。代わりに頭のネジは外れた。痛覚無効の技など必要なく、いや、痛覚有効の技が必要になった訳なのだが、日常生活を送るために習う必要が出た。怪我をしても気づかない、すぐにその場から治るので問題はないのだが、放っておくと傷を治すのでどんどん勝手に力を使ってしまいガス欠になる。五感が鈍くなったので失った五感を、感覚の鋭敏化で有効化する調整が必要になった。なので、日常でバフの指輪や腕輪の装飾具を付け、戦闘時にそれらを外すという逆転が起きていた。


問題は、私が強くなったかという一点だ。

そうでなければ、私は痛覚や刺激を失い、それらに付き従う人の温もりを感じる喜びや食べ物をおいしく味わう感情までも失ったがらんどうだけが残る。


15になり、元服。私は大人の仲間入りとして村で一人前の戦士だと認められた。回復士の通過儀礼ではなく、戦闘職が通る化け物熊退治に参加し、単独でこれを討伐。反対する村人たちをユナンが顔を立て、送り出したのでどうなることやらと半ば諦めていたものもいたようだったが多くの驚く顔を眺めることができ、私のやってきたことの証明を得ることができたと震えた。3日に及んだ追いかけっこの末、私は生き残り、村人らに熊肉を振る舞った。祝宴では、ユナンに首飾りを贈られた。


その晩、旅支度を整えながら戦いを省みた。邂逅は3度だった。1度目はお互い臨戦態勢で、牙と爪を何度も喰らい、体をその場から治し、崩され、直し、力の回復薬を飲み、相手が疲れ、爪や牙を立てる力がなくなるまで向かう。それだけだった。奴は賢いので、途中で勝てないと見るや踵を返し、獣道の先に消えた。もう一度繰り返し、3度目にようやく、首に私の鉈が届いた。修行の成果、それは、力の総量が増えたこと、回復術が自分に対してオートになったこと、回復速度が一瞬になったこと、副産物として攻撃に怯まない精神力が手に入った。だから、作戦は至ってシンプルに正面突破、死ぬまで特攻である。持久戦だ。


翌日、早朝深夜。これが魔王との戦で通用するか、勇者に力を認めさせることができるか。不安を抱き、村の若い戦士たちは各々、国の中央、王都へと向かい、馬を走らせた。カイもまた手綱を力強く握り締め、駆ける。

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