第14話 田辺宏明

田辺宏明は、持ち前のルックスの良さでマッチングアプリを利用しながら、妊娠に適した女を探していた。

仕事は人材派遣会社に登録し、主にイベントスタッフとして働いて、出会いが多くなるようにした。


あまりに手当たり次第だと悪い噂が立つので、全ての女子に優しく、できる限り人間関係が被らないようにはした。

が、田辺宏明はすでに30歳だった。


20代の頃は顔とセックスのうまさで凌げたが、30代ともなると人生設計の確実さも女子からの評価項目になる。

お金自体は女に貢がせながらそれなりにあったが、もう少し年相応のモテそうな設定をしなくては……と思っていたところだった。



♢♢♢



年度始まりの4月はイベントが少なく、5月のゴールデンウィークを皮切りにイベントがほぼ毎週末ある。

平日にイベント準備、休日にイベント開催。

このサイクルが続く。

派遣の身として責任は軽いものの、忙しさは社員並みだった。



ゴールデンウィークには、海洋博物館がある広い公園で、子ども向けの縁日やふれあい動物コーナー、ヒーローショーのイベントがあった。

宏明は、安西加奈子あんざいかなこと二人でヒーローショーの担当だった。

加奈子は社員で、宏明が派遣されるようになった5年前からよく一緒に仕事をした。


今日は、加奈子がアナウンス、宏明がスケジュール管理と演者の世話だった。

ショーは無事に終わり、他の仕事のヘルプに入る。

こうして、イベントは盛況のうちに終わった。



「ねぇ、宏明君、終わったらちょっとプチ打ち上げしない?」


加奈子が言った。



「いいですよ。誰か他に誘いますか?」


「全体の打ち上げはまた機会があるから、今日は気楽に二人で飲もうよ」


「わかりました。店探しときますね」



一年前、加奈子は彼氏と別れた。

こんな風に宏明を飲みに誘ってくるようになったのは、それからだ。

好意を持たれているのか、欲求不満で期待されているのかはわからないが、宏明は加奈子との飲みは断らずに付き合った。



♢♢♢



駅前の、半個室の気軽な雰囲気の居酒屋に入った。

サラダに焼き鳥、刺身の盛り合わせ、枝豆を頼む。

チェーン店だから味はまずまずだ。


すぐにビールが出てきて乾杯した。

加奈子はがぶがぶと飲み始めた。

加奈子はビールをジュースのように飲む。

見る分には清々しいが、長年の肝臓への負担は無視できなさそうだ。



「今日もホントお疲れ様! 宏明君がいると、もう安心だわ」


加奈子がお通しの豆腐の小鉢に箸をつけながら言った。



「慣れて来ましたからね。仕事もそうですけど、最近同じ面子で働くこと多いじゃないですか。あれ、楽ですよね」


「わかるー! やっぱり人だよね。新しい仕事でも、気楽に話せればなんとかなるからー!」


加奈子は早速ビールをおかわりした。


それからは、イベントの反省やら会社の話が続き、加奈子はハイペースでビールを頼んだ。



「……宏明君、うちの会社の社員にならない? もう信頼あるし。来月、求人出すんだけど、宏明君なら即採用だと思うの。最初から人柄や力がわかってる人の方がいいじゃん」


加奈子は会社では係長だった。

何回か社員の打診はあったが、休みが取りづらくなり、拘束時間が長くなるのが嫌で断っていた。

だが、30歳ともなれば、社員というステイタスにしておくのは必要かもしれない。



「そうですね……。みなさんと働くの楽しいし。ちゃんと考えてみようかな」


「そうそう。あたしも、仕事辛いな、と思ったこともたくさんあったけど、この年齢になると部下もいて、少し楽になってくるからさ。単発で働くよりいいことも増えてくるよ」



加奈子は仕事ができる女だった。

頭が良くて、パワフルで、責任感が強くて、親切だった。


だが、それを仕事に全振りしたのが間違いだった。


深夜まで働き、ろくに休んでない。

上司と部下の板挟みで精神的にボロボロな時期も長かった。

コンビニ食で誤魔化し、適切な運動はしていない。

彼氏には、生活リズムのすれ違いで捨てられた。


表面的には楽しく過ごしているように見えるが、それが自分の一生かと言われれば、加奈子は納得していない。



「……宏明君は、今彼女いるの?」


「いるような、いないような。マッチングアプリでやりとりはしてますけど、イマイチで。やっぱり派遣だからかな。だから正社員もいいかなって思い始めてるんですよね」



事実、宏明は今は女が途切れていた。

ちょっと前に手を出したある女が妊娠できず、フェイドアウトしようとしたら、宏明を結婚詐欺だと言い始めたのだ。

大した金は使わせてなかったが金は返した。

が、プライドを傷つけられた怒りが収まらないのか、執拗に連絡をしてきた。

宏明は電話番号を変え、引越しまでする羽目になった。

それもあり、自動的に女たちと縁が切れたのだ。



「結婚したいんだ。どんな人が好みなの?」


「まあ、ぶっちゃけ、まともな人なら誰でも。できれば、エッチが好きな人がいいですね。俺、しゃべりが下手だから、エッチが無いと、家で一緒にいて、どう過ごしたらいいかわかんないんで」


「はは。そうなんだ。宏明君のしゃべり、面白いけど。付き合ったら、いつも楽しくいられそうだな、って思うよ」


「それは、加奈子さんが相手だからですね。フツーの女の子なら、下ネタ引かれるんで。加奈子さんがおっさんだから成り立つ関係かなって思います」


「おっさんかー。やっぱおっさんだよねー。ダメかなおっさん女子。あたしは乙女男子と結婚したい」


サラダが届いて、宏明が取り分けた。

加奈子はお礼を言って、小皿を受け取った、



「なんすか、乙女男子って」


「稼ぐのはあたしがやるから、可愛い男の子に、優しくされて、家事してもらって、癒してもらいたい」


「最高ですね」


「あとは、あたしの代わりに、子どもを産んでくれる男子」


「それは無理かな」


宏明は笑ったが、加奈子の表情は寂しげだった。



「……頑張って大学行って、頑張って仕事した結果、彼氏に振られて、高齢出産って言われる年齢になっちゃったよ。高校時代、男のことしか考えてないよーなチャラい女の子がさぁ、早く結婚して、でも離婚も早かったりするわけ。そん時は正直バカにしてたけど、シングルでもちゃんとお母さんしてるとスゲーって思うようになったのよ。まともな友達は仕事も育児も両立してるし。あたしは……何を間違えたのかな……」


加奈子は手に持った枝豆を見つめながら言った。



「……男選び」


「は?」


加奈子は宏明を見て、目を見開いた。



「強い男を選べば良かったんですよ。圧倒的に、稼いでるか、精神が強いか、体が頑丈なオス。加奈子さんは最初からお母さん属性だから、面倒見たくなる弱いオスを選んじゃう。優しくて、楽かもしんないけど、本当は加奈子さんはそういうオスは好きじゃないんだと思うよ」



好きじゃない……

加奈子の胸に、ずしんときた。


元カレと別れても、なんとも思わない自分がいた。

彼にしがみついたのは、親のためだ。

親が安心するような、優しい人を選んだのだ。


こんな、仕事ばかりのボロボロの自分を、親に心配されたくなかった。

でも結局、元カレの貴重な時間を奪っただけだった。



「……たしかに、今までの彼氏はあんま出世するタイプじゃなかったかもね……」


「強いオスを受け入れちゃいましょうよ。仕事だって、負けず嫌いの意地だけじゃどうしようもないことくらいわかるでしょ。自分が楽するためにこのオスをどう使ってやろうか、って考えていいと思いますよ。もっと甘えて、手を抜いても、加奈子さんは十分やれますって。」


宏明はビールを煽った。



加奈子の飲み物は、ビールからハイボールに変わっていた。

ハイボールの泡を、加奈子はじっと見つめた。


男に負けたくない、という意地はあった。

もっといいやり方がある、やってみたいことがたくさんあった。

だけど、ことごとくバカにされ否定された。

でも結局一年も経てば、提案した通りの仕事になったりするのだ。

それを彼らは自分の発案のように言う。

こんなに働いても、報われている気がしなかった。



「はっきり言ってくれるね……」


「これまでの10年は取り返せないかもしれないけど、今ならこれからの10年を変えられますよ」


宏明は微笑んで言った。


加奈子は、男並みに働くことで”自分”を支えてきた。

その分、加奈子の細い体がもう限界に来ていた。

生理が度々来なくなった。


母親と連絡を取るたびに、

「体調は大丈夫か?」

と言われるのが辛かった。

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