第13話 松代将
二人は26歳になると、結婚を考えて準備を始めた。
社会人になってすぐに同棲を始めたので、二人の生活に不安はなかった。
ゼクシィを買い、ブライダルフェアの見学に行った。
由香里は母親しかいなかったため、母親のためにも結婚式と、ささやかな披露宴はしたいと思っていた。
同時にブライダルチェックを受けた。
子どもを妊娠できるかどうかの検査が含まれている。
結果、由香里は不妊症である可能性がかなり高かった。
♢♢♢
クリニックから説明を受けた後、帰宅した由香里はしばらくボーッとしていた。
気づくと将が仕事から帰る時間になっていて、夕食の準備をした。
いつも通りの時間に将は帰宅し、「今日のクリニックはどうだった?」と由香里に訊いた。
由香里は料理をする手を止め、ブライダルチェックの検査結果の紙を将に渡した。
将はダイニングテーブルの椅子に座り、検査結果を眺めた。
由香里も椅子に腰掛け、クリニックで受けた説明について話した。
「将……ごめんね。そこに書いている通り……。子ども、産めないかもしれなくて……」
「謝ることないよ。今のところはそうでも、これから健康に気をつけたら、体が変わるかもしれないじゃないか。そんなに簡単に諦めなくてもいいんじゃないかな」
「そう……だね……」
由香里はやはりショックを受けているようだった。
「……気持ちが難しいなら、結婚も急がなくていいよ」
「あ、いや、それは……! お母さんも楽しみにしてるし……将がよければ……」
「俺は大丈夫だよ。さっきも言った通り、あくまで可能性が高いだけで、絶対無理ってわけじゃないと思ってるから」
「……ありがとう。私も、体には気をつけるね……」
由香里はそう言ったが、やはり元気はなかった。
♢♢♢
将は、友人の
先に席に着いて待っていると、すらっと背の高い、日に焼けた宏明が店に入ってきたのが見えた。
宏明はその甘いルックスをいかして、たくさんの女と体の関係を持ち、相手によっては貢がせていた。
天性の結婚詐欺師みたいな奴だった。
「待たせてごめん」
宏明は席に着くと、タブレットでアイスコーヒーを注文した。
「こっちこそ、急に悪いね……」
「急な呼び出しをするくらい重要だけど、待ち合わせできるくらいにの緊急度合い、ってことだね」
宏明は背もたれに寄りかかり、笑みを浮かべながら将を見た。
「由香里が、妊娠できない体かもしれないとわかった……」
将が言った。
「……だから言っただろ、一人の女に絞るのは危険だって。俺たちの場合、一人の女につき最低でも五人は子どもを産ませて、そこから一人まともに育つかどうかなんだぞ。今どきせいぜい多くても産んで三人じゃないか。そんなペースじゃ同胞を増やせないよ」
宏明はため息混じりに言った。
「そうだけど……。だからって、手当たり次第の宏明だって、うまくいってないじゃないか」
将はムッとして言った。
「逆に考えてくれよ。それくらいやってもダメなんだ。将のやり方がうまくいくわけないって、やる前からわかるってことだよ」
宏明は届いたアイスコーヒーに、ガムシロップとミルクを乱暴に入れながら言った。
「別れるんだろ?」
「え……」
「子どもが産めない女と付き合っていられるほど、俺たちの寿命は長くない」
宏明は鋭い眼差しを将に向けた。
単純に人間の体を住処にし、一時的に意識を奪うくらいならまだ体を変えることもできる。
さらに、一部の”エリート”は、人間の体を完全に支配し、変化させたり永遠に生きられるような細胞を生み出せるらしいが、将と宏明はそこまでの力はなかった。
二人の場合、宿主との融合には成功し、人格と知能を奪って人間社会には溶け込めたが、寄生による負担のため体は40歳くらいまでしかもたない見込みだった。
「そうだけど……10年も付き合って、今更別れるなんて……」
「だから! 最初から間違えているんだよ! もっとたくさんの女に触れて、吟味すれば良かったのに!」
「………………」
将はうつむいた。
本能は、別れろと言っている。
由香里との関係を維持しつつ、簡単に浮気や不倫ができるほど将は器用ではない。
将は、そもそも他の女に興味がなかった。
由香里とは気が合って、一緒にいるのが楽でここまで付き合った。
だから子どもだって、作る機会なんかいくらでもあるだろうと楽観的に考えていたのだ。
「あと10年ちょっとで俺たちは死ぬ。仕事を頑張ったところでお前の代わりはたくさんいるし、奥さんだって早死にするとわかっている旦那なんて迷惑じゃないか。そんな程度じゃ俺たちは生まれてきた意味がないんだよ。遺伝子を残して、俺たちの仲間を未来につなぐことをしないと」
子孫繁栄と人間への復讐……
これが本能に刻まれている。
なぜなのか、どこからその思いが来ているのかは自分たちにもわからない。
「正気を取り戻せよ。これまでの10年はもったいなかったが、今決断すれば、これからの10年は変えられる」
宏明が言った。
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