第12話 一人称とピアスと煌ちゃん

「『僕っ子』でいくつもり?」


久遠寺が結羽に聞いた。



「うん……どうしても、『わたし』に慣れなくて……」


『わたし』と言うと、なんか仰々しい。



「『僕』のままでも、見た目には合ってるけど」


結羽はメイクの練習をして、小柄なボーイッシュガールが出来上がっていた。


一方、久遠寺は大量のラノベを日々読破していた。

なぜかちゃんとBLまで読んでいる。



「そろそろ、七瀬さん来ますね」


「そうだな」


そう言ったとき、チャイムが鳴った。


玄関を開けると、手提げカバンを三つ持った七瀬がいた。

今日はタイトスカートのスーツだった。



「あら! 結羽さん、随分雰囲気変わったわね!」


七瀬が目を輝かせて言った。



「はい……ちょっとメイクもしてみて……」


「うんうん。可愛い可愛い。もう、ちゃんと女の子だよ」


七瀬はなぜか嬉しそうだった。


結羽は七瀬を部屋の中に通した。



「そっちの袋は読み終わったやつだから、持って帰って」


久遠寺がリビングに入ってきた七瀬に言う。



「すごーい! ちゃんと読んだんだ! どう? できそう?」


「わからん……。読めばまあそうかな、っては思うけど」


「でもほら、実際、結羽ちゃんかなり可愛くなったから、今までともちょっと違うんじゃない?」


「まあ、ほとんど見た目は女の子だよね」


「どうしても女の子に見えきれない時は、BL的にくっついてもろても可」


「あ、うん……まあ、管理官の趣味嗜好はだいぶわかったけど、一応こっちは生身の人間だから、そんなすぐ都合良くはいかないよ」


久遠寺はなんだかんだ言って真面目なんだろう。



「この手提げ二つはおかわり、ね。今度は漫画だからもっと読みやすいかと」


「……すごいな性的嗜好の押し付け……。管理官って、恋人いるの?」


「仕事が恋人だから!」


七瀬は親指を立てた。



「ムカデを追う仕事が恋人って……虚しくないか?」


「ムカデ事件は頻度的には少ないから、他の事件もちゃんとやってるよ。でも、私にもいつか、この作品たちに出てくるような甘い恋愛が来ると思ってるの!」


七瀬は不思議と、そんな未来を信じているような純粋な目をしていた。

本の読み過ぎ、またはムカデ事件のような怪奇に触れ過ぎて、ちょっと頭……いや、感性がおかしくなっているのかもしれない。



「あと、これ。ケーキ買ってきたから、一緒に食べよう?」


箱を開けると、ケーキが六つ入っていた。



「一人、二個ですか?」


結羽が聞いた。


「そう。せっかく食べるのに、一個じゃあっという間に無くなるじゃない」


管理官は微妙に豪快だ。



「今日は結羽のピアスを開けるんだろ? 俺がコーヒー入れるから、その間にやっちゃえよ」


「あら、久遠寺さんがコーヒー淹れてくれるなんて、意外」


「インスタントだから、誰でもできるさ」


そう言って、久遠寺はキッチンに立った。



「じゃあ、お言葉に甘えて、ピアス開けましょうか」


GPS発信機、兼、通報機が内蔵されているピアスをつけることになったのだ。

二人はソファに隣同士で座った。

七瀬が専用のピアッサーを出す。



「やっぱり、痛いですか……?」


「冷やせば大丈夫よ。今まで襲われた怖さにくらべれば、蚊に刺されるようなもんよ」


七瀬は布に包まれた保冷剤のような物を出して、結羽の耳たぶを押さえて冷やした。



「……七瀬さん、ちょっと訊いていいですか?」


「何?」


「……エッチする時って……痛かったですか?」


「……あら、もう久遠寺君とそんな段階まで行ったの?」


「ち、違います! ただ、女として生きるなら……そういうことも……あるかな、って……」


近くに久遠寺がいないときに、訊いてみたかったのだ。



「私は、日によるわね。女は、入れれば自動的に気持ち良くなるわけじゃないから」


「……やっぱり……そうなんですね」


「ラノベやマンガだと、大抵そのあたり問題なく済むわよね。あんなに簡単に女子が気持ち良くなるなら、今頃少子化にはなってないと思うけど」


七瀬は冷やすのをやめて、ピアッサーを結羽の耳に当てた。



「じゃあ、開けるからね」


「あ、はい……」


バチンッ!と、思ったより、大きな音がした。



「もう、片方できたよ」


七瀬が、綿棒でちょんちょんと穴の周りを消毒する。

ピアッサーにつけられていたピアスが、結羽の耳たぶに穴を開けつつ、そのまま装着されている。


七瀬は反対側に回り、また結羽の耳を冷やし始めた。



「ぶっちゃけ、結羽ちゃんは久遠寺君のこと、どう?」


「え、ええと……。好きですけど……兄弟的に……」


「ま、たしかにちょっとわかりづらい人だけど、いくら特殊能力があるとはいえ、こんな生き方簡単にはできないと思うの。いい男よね」


「……七瀬さんこそ……久遠寺さんと、お似合いに見えますけど……」


「まさか。大丈夫、好みじゃないから」


七瀬は笑った。

大丈夫、って何だろう。

とったりしないから、みたいな?



「じゃあ、こっちもいくわね」


同じ手順で穴が開き、ピアスがついた。



「いいじゃない、似合ってるよ」


七瀬は鞄から手鏡を取り出して見せてくれた。

小さくて丸い、青く光るピアスだ。


ちょうど久遠寺がケーキとコーヒーを持って来た。



「もう終わったんだ」


久遠寺がケーキを差し出しながら言った。



「ええ。可愛いでしょ」


「まさか、盗聴器はついてないだろうな?」


久遠寺に言われて、七瀬が固まった。



「その手があったか……」


なんのための手?



「いやいや、いくら私が結羽ちゃんの恋愛事情に興味津々だからって、そこまではしないわよ。だから、結羽ちゃん! 私に隠し事はしないで、何でも相談してね!」


七瀬は結羽の手を握り、力強く言った。



「あ、あと、久遠寺さんの呼び方どうする? 許嫁同士で”さん付け”は硬いかな、って」


七瀬が言った。


「たしかに……。久遠寺君……はちょっと気持ち的に呼びづらいですね。煌さん? 煌君?」


結羽は、やっぱり煌君かな?と思った。


「”煌ちゃん”はどう?」


「ちゃん、ですか……」


親しげだが、呼ばれる方はどうなんだろう……。



「いいよ、なんでも」


久遠寺がケーキを食べながら言う。


「ちょっと! もう少し状況を楽しみなさいよ! じゃあ、もう”煌ちゃん”で決定ね!」


権力で決定してしまった。


「普段から呼ぶのよ? いざとなって間違えないように!」


七瀬はぷりぷりしながら、さらに釘をさした。


煌ちゃん、煌ちゃんか……。

距離を縮めるには案外いい気がした。

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