第15話 安西加奈子

田辺宏明は頭が良くて、働き者だった。

いつも飄々としていて、怒ったり機嫌が悪いことがない。


一緒に働くと仕事が捗るし、企画にアイデアをくれたり、こちらの行き届かないところをフォローしてくれたりと、オールマイティだった。



ただ、女にだらしないという噂が絶えなかった。


常に複数彼女がいて、女が養ってあげている感じ……。

”だからいつまでも定職に就かないんだ、男として責任感に欠ける”

と会社のオジサンたちは宏明を見下していた。



加奈子は、正直に言えば宏明が好きだった。

ただ、会社のオジサンらの昭和マインドにウザいと思いつつも、宏明にアプローチできないのも、結局、年齢差・女遊び・定職に就かないこと……がネックだった。



♢♢♢



二次会にバーに行き、さらに三次会で知り合いの店に顔を出した。

宏明との時間は、楽しかった。

そう、宏明と一緒にいる時間はいつも楽しい。


三次会で店を出て、お互いベロベロに酔ったことをいいことに、路チューをしてそのままホテルに行った。



まるで、最初から二人で一つだったかのように宏明とは肌が合った。

宏明は、なぜか気持ちいいポイントもリズムもわかっていて、加奈子の体は全く抵抗なく宏明を受け入れた。

こんなにも気持ちいいのに、こんなにも自分の体を意識しないセックスがあるのだと、初めて知った。



まだまだ、宏明とくっついていたかったが、酔いに負けて、ことが済むと二人はすぐ寝てしまった。



♢♢♢



翌日、目を覚まして、宏明におねだりすると、宏明はちゃんと応じてくれた。

昨日も今日も、ゴムをつけていない。



「妊娠したら、責任とるんで」


宏明は無駄に爽やかに言った。


責任……

宏明の生き方にはそぐわない言葉に感じた。

だからこそ、自分のことをそれだけ真剣に考えてくれるんだと思うと、嬉しい気持ちがあった。

加奈子は、そんな宏明がますます好きになった。


その日は二人とも休みで、午前は適当にホテルでだらだらしてから解散した。

真昼間の街中のラブホから出るのは、なかなか恥ずかしかった。




加奈子は家に着くと、すぐベッドに倒れ込んだ。


自分より若い男の子に慰めてもらっちゃった……。


加奈子は自嘲した。



宏明は、きっと自分のことは好きじゃないだろう。

こんなおばさん、体目当てでもない。

単に”優しさ”で抱いてくれたのだ。



でも……もう、それで良かった。

好きな人とエッチができた。

それだけで十分だ。



これまでの彼氏は、早く結婚したくて、自分に合わせてくれる人を選んでいた。

結婚願望も、体裁のためだ。

本当は、結婚にも子どもにも興味はない。

家庭にいる自分、子育てする自分、イメージがつかない。


特に子どもの奇声には殺意が湧く。

そんな自分が子育てなんかできるわけがない。



宏明と、二人でずっと楽しくいられないだろうか。

宏明が結婚しても、彼女として。


虫が良すぎるか。

宏明が良くても、奥さんは、嫌だよね。



もっと自由に生きていきたい。

好きなことだけやりたい。

でも、それが無責任で、許されないことだとはわかっている。

誰かを傷つけてまで、自分の人生を優先させたいとも思わない。

だから、せめて仕事の中だけはそういう風に生きたくて、頑張っていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る