第二話『死体処理』(2,900文字)

 暗い曇り空の下。

 電線にとまったスズメが、はしゃぐようにピチピチと鳴いているのが、どこからか聞こえてくる。


 血まみれの206号室。

 そのドアの前、アパートの二階の廊下に、ナオは一人で立っていた。

 廊下のコンクリートの床には赤い血がたまり、開いたままの206号室のドアには、死んだ男がくずれ落ちている。ナオの履く黒い革靴も、赤黒い血に濡れたままだ。


 そんな廊下に一人立っているナオは、耳に携帯を当てて電話をしていた。


「──はい…殺害、しました…。──まきさんと、とんさんです…。──はい、二人です…」


 薄暗い廊下に、ナオのおとなしい声色が、小さな声で聞こえる。


 陽のさない廊下は薄暗く、電話しているナオの顔に、暗い影が落ちている。


「──はい、わかりました。──では、失礼します」

 電話を切ったナオは、ズボンのポケットへ携帯をしまうと、黒い隈のあるその目を指で擦った。


 静かな廊下には、変わらず寒い風が吹き込んでくる。


 風に吹かれ、ナオの手が冷える。

 ナオは茶色のコートのポケットへ手を入れたが、ポケットの中にはリボルバー拳銃と銃弾が入っており、それら金属の感触が冷たく、ナオの手は更に冷えるばかりだった。


 そんな冷えた手で、ナオはコートのポケットからリボルバー拳銃を取り出し、そしてその弾倉の中身を取り出そうとする。

 黒いリボルバー(S&W-Model-49)の、黒い金属の部品を操作し、その弾倉の中身を取り出す。

 小さく黒光りするリボルバーの金属が、ナオの手に少し重い。

 そんな重みの金属が、手に冷たい。

 ナオはその小さな白い手指でリボルバーを操作し、その弾倉の中身を出した。


 ナオの左手の平の上に、金色の銃弾(38-Special)が二つと、そのからやっきょうが三つ乗った。

 この薄暗い廊下の中、ナオの白い手の上に乗ったしんちゅう製のやっきょうが、金色の管楽器のように輝いた。

 そんな薬莢にはまだ、人を撃ち殺した熱が、少し残っている。

 廊下の先、206号室の玄関ドアには、死体がもたれかかったままだ。

 ナオはそれら弾や薬莢を、内ポケットへそっとしまった。が、一つ床に落ちた。

 コンクリートの床に、金色の空薬莢が転がる。

 ナオの指が、静かに震えていた。



 そうしてナオがアパートの廊下に一人で立っていると、このアパートの下、外の道路に、トラックと車が一台ずつ止まった。

 電線にとまっていたスズメたちがその停車音に怯え、暗い曇り空へ飛び去っていく。


 ナオのいるアパートの廊下から、小さなスズメたちが飛び去るのが見えた。


 ナオは、下に止まっているトラックと車を、二階の廊下から見つけると、首に締めた黒いネクタイを手で締め直した。


 あの車とトラックに乗っていたのは、たち、であった。

 作業服を着たその業者たち。彼らは今、この血まみれのアパートの廊下と、そこに転がる死体、そして206号室のベランダから外へ落ちた死体を、している。


 業者たちは血を拭き取り、専用の洗剤をスプレーで吹き、この床や壁を洗っていく。

 漂っていた血のにおいが、薬品の独特なにおいに潰されていく。


 転がっている死体たちは、業者の持っている、その分厚い肉切り包丁で、四肢を容赦なく切り落とされ、解体されている。

 死体たちは肉切り包丁でバラバラに解体され、何片かの肉片になると、業者たちによって専用の黒い袋の中へ押し込められていく。

 そしていっぱいになった袋は、アパートの下に停めてあるトラックの荷台へとどんどん運び込まれていった。

 それら業者たちの作業は手際がよく、淡々としている。


 ナオは、そんな業者たちの作業の邪魔にならないよう、廊下の隅に立ち、そこで一人、うつむいていた。


 業者は、動かない死体の四肢へ、肉切り包丁を思い切り叩きつける。

 赤い血飛沫を散らし、ゴンと鈍い音を立てて、死体へ包丁を何度も叩きつける。

 そのたびに、床へ血が飛ぶ。


 そんな、静かな廊下に響く包丁の大きな音に、ナオはその場に俯いたまま、目を閉じて、自分のコートの袖を掴んでいた。


 廊下や206号室は、業者たちの手によってどんどん綺麗になっていく。

 コンクリートの床から血だまりは消え、206号室の血痕も、血の垂れたドアも、あの若い男たちの死体も、全て消えた。

 206号室の中から、また男たちが出てくるような気がするほど、景色は元に戻っていた。



 そうしてナオが静かに、俯いて廊下の隅に立っていると、アパートの階段から、一人の人がのぼってきた。

 革靴の靴音が、階段から聞こえる。

 ナオと同じ、黒いスーツを着た一人の男が、階段からのぼってきた。

 ナオはその男に気づくと、男へ向き

なかさん、お疲れ様です」

と、小さい会釈をして挨拶した。

 階段からのぼってきた男、もといなかは、そのナオの挨拶に

「おう」

とだけ、そっぽを向いたままそっけなく返し、火のついたタバコを口に咥えた。

 なかは、ナオの上司にあたる人間である。

 タバコを咥えた彼は煙を吐いてから、立っているナオへ

った?」

とだけ聞いた。

 ナオはそれに

「…はい。電話の、通りです」

と、小さな声で答えた。

 なか

「そっか、お疲れさん」

と、そっけなく返した。

 すると、なかは背の低いナオを見下げて、彼女へ一つの封筒を差し出した。

「これ。この封筒ん中に、明日ののこと書いてあるから。また読んどけ」

「…はい、わかりました」

 封筒を受け取ったナオは、その低い背でなかを見上げて言った。


 タバコのにがい煙が、風に揺れている。

 タバコを吸っていたなかはふと、おもむろにナオを見て、

「お前、その目どうしたんだよ」

と、別に興味はなさそうな感じの声でナオへ言った。

「その隈、寝不足だろソレ」

「…はい」

 ナオは小さい声で答えて、黒い隈のある目を擦った。

「仕事あんのに夜更かししてんのか」

「すみません。その、悪い夢を見て、それで眠れなかっただけで…」

「あぁそう」

 なかがナオへ背を向け、タバコの灰を外へポロポロと落とす。


 その間にも清掃業者たちは作業をしていた。

 肉切り包丁で解体したのであろう死体の一部、もとい肉片を、ゴミ袋のような黒い袋に力任せに詰める。そして、その袋をアパートの一階まで運び、止めたトラックの荷台へ、次々に投げ込んでいる。


 死んだ男の肉片の入った黒い袋が、カサカサと擦れる音が、ナオとなかのいる廊下まで聞こえてくる。


 なかは壁にもたれ、業者たちの様子を眺めながら、タバコを吸っている。ナオは廊下の隅で、まだ俯いている。

 するとなかがナオへ言った。

「…そうだ。寝不足治らなくてボーッとするんなら、なんかでも買うか? いいトコ知ってるぞ」

「いえ、大丈夫です…」

 ナオはそう、なかと目を合わせないまま答えた。


 アパートの下から、肉片の入った袋がトラックへ投げ入れられる音が、ガタンと重く聞こえてくる。


 なかは煙を吐いて、短くなったタバコを靴で踏み潰しながら言う。

「…まあ、買わないんならいいけどよ。でも、仕事は仕事だから、ちゃんとやってくれよな。これまで通りに」

 そして、なかは潰したタバコをその辺りへ軽く蹴って、うつむいているナオへ言う。

「お前が寝不足だとか、コッチの知ったことじゃねえからよ。頼むぜ」

 ナオはそれに「…はい」と小さく答えた。


 なかに蹴られたタバコが、廊下の隅のコンクリートの床に、静かに転がっていた。

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