第6話 諸刃の剣
「確か、死体を隠すにはどこが一番いいのか? という話だったよな?」
と、飯塚がまるで今思い出したかのように言ったが、実際には、絶えず頭の中では考えていた。
しかし、その答えを出すことができない間に、いろいろな話が出てきたり、頭の中で、予備知識として、合わせ鏡の話があったりと、頭を巡っていた。
「合わせ鏡の話」
というのは、元々、川崎が、今までに何度も同じ話をしていたことで、まるで、
「耳にタコができる」
というくらいに聞かされた話が、頭の中を巡っていた。
そう、
「まるで、堂々巡りを繰り返す」
かのようにであった。
飯塚の中で、川崎という男は、
「いつでも、同じことを繰り返していう」
という、どこか、老人のようなところがある人だ。
と思っていた。
しかし、実際には、理路整然とした話をしていて、実に頭がいい。だから同じ話を何度も聞かされているにも関わらず、嫌だという気持ちは微塵もないのであった。
そんなことを、飯塚が考えているということを、川崎は知ってか知らずか、川崎の方でも、飯塚のことを、
「何度も何度も、確認するように聞いてくる。分かっているのか分かっていないのか、最初はわかっていなかったが、どうも、分かっていて聞き返しているようだ」
と思っていたのだ。
今回、
「ウミガメのスープ」
という話をしたのは、そんな、何度も繰り返して聞いてくる飯塚のような人間であればこその、クイズというか、なぞなぞとして、
「ウミガメのスープ」
という帰納法的なクイズには、もってこいだと思ったのだ。
そういう意味で、今回のこの、
「死体を隠すのに、一番どこがいいのか?」
ということを言い出したのだった。
ここで、川崎は、思い出したかのように、一つ別の話を始めた。
「実は。ここでなんだけど、この話に際して、一つの予備知識として聞いてほしい話があるんだが」
と言い出した。
「どういうことだい?」
と案の定、飯塚は聴いてきた。
「すまない。これを意識させておかないと、探偵小説の中では、ルール違反になってしまうところだったんだ」
という言い方をした。
もちろん、それについては、飯塚もいちかもよくわかっていなかったので、少し首をかしげていた。
「いや、探偵小説というものには、やってはいけないと言われている、戒律のようなものがあるんだよ」
「ほう。そうなんだ」
と飯塚が興味深げに、前のめりに聞いてきた。
「そう、いろいろ種類があるようなんだけど、一番有名なのが、「ノックスの十戒」と言われているもので、例えば、「犯人を最後まで隠しておく」というものであったり。「犯人は実は事件を捜査している探偵だったり」などということだよね。または、「密室トリックにおいて、秘密の出入り口が、複数あった」などという話なんだよね」
と川崎が説明した。
「確かに言われてみれば、それは読者を騙しているようなものだからね。ペテン師と言われても仕方ないレベルになるのかな?」
と飯塚がいうと、
「そうなんだよね、でも、実をいうと、探偵小説の中には、叙述トリックと呼ばれるものがあって、それは、作家の口述であったり、話術によって、ルール違反ギリギリのところで、読者を騙すという、一種の、ブービートラップのようなものもあるんだ。だから、探偵小説の中には、話の中に、「ノックスの十戒」を敢えて、犯している人もいて、それはそれで、評価を受けているんだ」
というではないか?
それを聞いた、いちかは、
「そんな小説もあるんですね。そういえば、私も以前読んだ、著名な作家の人が書いた小説で、犯人が探偵だったという話を見たことがあったわ」
というではないか。
言われてみれば、確かにそうだった。ただ、川崎としては
「そんなことは分かっている」
という意味を込めて、今回の、
「ノックスの十戒」
という意味のことを口にしたのだった。
「ところで、その予備知識というのは、どういうものなんだ?」
と、さすがにいつも、最初に話を混乱させることの多い飯塚であったが、話題としての中で、話が、
「ノックスの十戒」
の方に移行していくのが、少し厄介に感じていたのだった。
さて、そんな中で、さすがに、川崎も話を引っ張るには限界があると感じたのか、
「実はだ。この話には、前提の中に、続編があるのだけど、それというのは、合わせ鏡を見た子孫が、行方不明になっているという話をしたと思うんだが、その男が、一年後くらいに死体で発見されたんだが、それが、少し不思議な死体だったんだ」
という。
「それはどういうことなんですか?」
というのを、今度はいちかが聞いてきた。
「というのが、発見された死体なんだけど、ある程度見た目はキレイなんだけど、どうも、発見された死体を見た刑事の一人が、「何かおかしい」ということで、司法解剖に回されたというんだ」
と川崎がいう。
それを聞いた飯塚が、すかさず、
「変死体なんだから、司法解剖は当たり前では?」
と言った。
「そうそう、そうなんだけど、死んだのは、行方不明になってから、半年後だということなんだけど、それにしては。死体がきれいすぎるというんだ。どうやら、どこかに埋められていたのではないか?」
ということになると川崎は言った。
それを聞いたいちかが、今度は、
「それはおかしいわよね」
と言い出した。
「どういうことだい?」
と、またしても、飯塚が言い出したのだ。
「だって、失踪してから一年、そして死亡してから、半年というんでしょう? 表に出ていた死体が半年も発見されないなんて、普通はあるのかしら?
というのであった。
「そう、そうなんだよね」
といって、川崎が微笑むと、
「ああ、なるほど、ここで、最初の質問に戻ってくるわけか?」
と飯塚が言い出した。
「そういうことなのね」
といちかも納得している。
それを見て、満面の笑みを浮かべる川崎であったが、これというのも、さっきまでの話としての、
「ウミガメのスープ」
の話に結びついてくるのではないか?
と思うことで、二人は、完全に、そう思い込んでいるのだった。
そうなれば、いろいろ思い浮んでくることを口にしていけばいいのであって、二人は、ここから、
「考えるが先か、質問が先か?」
というような発想になるのだった。
「この事件は、最初、
「合わせ鏡」
という少しホラーめいた話が最初に出ていたが、何もそこから最初に話が出てくるというのはおかしなことであり、それだけが問題ではないと思うのは、いちかだった。
「ここにブービートラップがあるのでは?」
ということを考えているのであって、それだけではなく、問題として考えることとしては、
「あまり、余計な質問を浴びせてしまうと、誤った知識をあたえられ、却って、混乱してしまうかも知れない」
と感じたのだ。
もっとも、一緒にいる飯塚は、そんなことまで分かっていないだろうから、思ったことはどんどん質問してくるだろう。
要するに、いちかとしては、
「トラップには引っかからないようにしよう」
と考えるのだった。
さすが、そのあたりは、大学で、ミステリー研究会に入っているというだけのことはあった。
実は、いちかも、
「ノックスの十戒」
くらいのことは、ミステリー研究会に入会しているのだから、それくらいは分かっていて当然であった。
しかも、叙述トリックというのも分かってるつもりで、敢えて何も言わなかったのは、
「こっちが、トラップに引っ掛けてやろう」
という考えだった。
だが、こうやって話が進んでいくうちに、いちかは、少し頭の中が脱線した気分になっていた。
というのが、今ここで話している三人というのが、実は。
「三すくみの関係」
にあるのではないか?
と感じたのだった。
「三すくみ」
というのは、
「それぞれの関係が三つ巴にある」
ということであり、それぞれに、圧倒的な優劣的な関係にあるのだが、その関係が、それぞれ、最初から、
「身動きが取れない」
というような、
「力の均衡」
の中に入っているということであった。
力の均衡というと、二つのものが、そんな均衡の間にあるという場合、よく言われることとして、
「核による力の均衡」
というものがあった。
これは、接待的に、相手を完膚なきまでに抹殺できる兵器を持っているということであり、例として。
「二匹のサソリを、密閉されたかごの中に入れたようなものだ」
ということであった。
つまりは、
「サソリは、相手のことを一撃で殺すことができる。しかし、それをしてしまうと、自分も死んでしまうということを意味している」
というものだ。
力が均衡してしまっているので、襲い掛かることができないということであり、ここでの例として挙がった、
「核による均衡」
というのは、自国間だけの問題ではなかったのだ。
もっといえば、
「一発の核ミサイルを撃ち込む」
ということは、まずは、
「お互いに核の応酬」
ということで、両国の滅亡」
ということになるのだが、他の核兵器を持っている国が同盟を結んでいたりすれば、それに伴い、ミサイルを打ちかねない。
それどころか、黙っていても、核兵器を撃ち合うということは、
「核の汚染が、世界中に広がる」
ということを意味している。
ヒロシマ、ナガサキの原爆とは違い、その数百倍ともいわれる破壊力を持ったミサイルが都市を破壊するのと同時に、成層圏までに放射能汚染が広がり、爆発で死ななかった人も、そのほとんどが、地上にいるだけで、死に絶えていくということになるのであった。
実際に死ななくとも、食料となるものもなく、
「餓死を待つ」
というこちらも、悲惨な状況になるだろう。
核兵器の放射能によって、動物や昆虫。植物にいたるまでの、
「突然変異」
というのもありえなくもない。
だとすれば、
「人間だけが、変異しない」
と言えるわけもなく、化け物になってしまうかも知れない。
そうなると、
「地球というところは、人が生きられるところではなくなってしまうのだ」
ということになるだろう。
そんな、
「悪魔のような場所に生きているくらいなら」
ということで、自ら命を断つ人も多いだろう。
昔にあった、
「核戦争後の地球で生き残る」
ということがテーマの栄華であったり、
「生き残った世界で、サバイバルというよりも、渡り歩きながら、仇を探す」
というような、イメージとしては、テーマがよく分からないようあマンガもあったりした。
似たようなマンガは多く、有名な作品は映画にもアニメにもなったりしたが、ほとんどは、
「二番煎じ」
とでもいえばいいのか、作品が、よく分からない、
「カオスの世界」
のようなものも結構あったであろう。
そんなことを考えると、
「力の均衡」
というものは、
「一対一では、諸刃の剣であり、とても、いつまでも、均衡を保てるものではない」
ということであった。
だとすれば、
「三か国だったら?」
と言われるが、それは無理な話であった。
だが、これが核戦争のようなものではなく、
「それぞれ一匹ずつの生物による三すくみであったら?」
ということを考えると、そこに、均衡というのが生まれることになるのだ。
というのが、
「ヘビ、カエル、ナメクジ」
という三匹のお話でああり。
「ヘビはカエルを食べる」
「カエルは、ナメクジを食べる」
「ナメクジはヘビを溶かしてしまう」
というのが、いわゆる、動物の中でも有名な三すくみの関係と言われている。
この時に問題なのは、
「最初に動いた方が、負ける」
ということが、分かっているからである。
だからこそ、相手に襲い掛かることができないのであり、最後には、自分を食べたやつが生き残ることになる。
しかし、それだけであろうか?
問題は、
「誰も生き残るものがいない」
ということになるのだった。
ということになるのだ。
つまり、どういうことかというと、
「自分が、倒せる相手を倒しに行こうとして、先制攻撃を加えたとすれば、どうなるか?」
ということになるのだが、
「当然相手は、逃げ出して、自分に対して弱い相手に襲い掛かることだろう」
というのは、当たり前のことで、さて、そうなると、今度は、
「誘い出されるように、自分が強いと思っている相手、つまり、自分に襲い掛かっくる」
というものである。
これは、一種も
「第四次川中島合戦」
における、山本勘助が考えたとされる、
「キツツキ戦法」
のようではないか。
だが、キツツキではなくとも、別の方法だってあるだろう。
というのが、
「もし、自分が、襲い掛かって、襲い掛かった相手が、動けなくなって。あっさりと自分に滅ぼされるとなると、どうなるだろう?」
普通に考えられるのは、
「動かないことで、自分に食われてしまうということは、自分に襲い掛かってこようとする相手への抑止がなくなるということである。天敵がいなくなるのだから、後はこちらをいかようにして食い尽くすか?」
ということを考えるだけになってしまうからだ。
そうなると、結果としては。
「最後には、自分に襲い掛かってきた方の一人勝ち」
ということになる。
そして、
「前者と後者では、どっちがいいのか?」
ということを考えると、
「三すくみを崩す」
という意味では、後者になってしまう。
なぜなら、キツツキ戦法の場合は、襲い掛かった相手が先に逃げてしまうと、自分が思っているよりも、動きが早くなり、
「自分が危ない」
ということが先に分かってしまうことで、またしても、
「位置が変わっただけの、三すくみ」
であることに変わらなくなるというものだ。
このことが実際に起こったのが、
「第四次川中島合戦」
であり、キツツキで、背後をついたつもりが、相手に察知され、相手が先に飛び出したことで、最初は、飛び出した方が、数的有利になったのだが、とどめをさせずにぐずぐずしていると、別動隊としての。最初にキツツキをしかけた相手が、背後に回り込んで、結局、
「挟み撃ち」
にあってしまい、結果として、敗走するしかなくなり、お互いに、
「痛み分け」
となったということであった。
この場合は、
「三すくみではなかったので、うまく行かなかったわけ」
であるし、逆に、三すくみでは、
「こちらが滅んでしまっていた」
ということになるだろう。
それを考えると、
「そもそも、この作戦には無理があった」
ということであろう。
そもそも、
「第四次」
ということは、過去にも同じ相手と三回、戦を行い、
「決着をつけることができなかった」
ということなのだから、
「戦力が拮抗している」
ということは分かり切っているということだ。
三すくみというのも、そういう意味では、
「諸刃の剣だ」
といってもいいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます