028

 宿屋…ホテルに戻ってから、以前より饒舌になったセラフィさんと向かい合った。

 外側は、坊ちゃまなんですけどね。


「女性に反応しないのは、中身が女性だからでしょう?」

「そうだけど、それだけで分かるはずはない!私はずっと、内面から『ウィン』になりきっていた!自分すら騙して思い込んで、元の自分の話し方も忘れるくらいに!」

「ええ、ずっと一緒でしたら気が付かなかったかも知れませんが…マリーにとって、坊ちゃまとの時間は、つい先日の事なのですよ。十数年掛けてのゆがみでしょうか、ほんの少しの違和感です、他の人は気が付かないでしょうね」

「…そんな事で」

「それにですね、いきなり『プロポーズ』は性急すぎましたね。坊ちゃまならもっとヘタれた感じになりますよ」

「…アレは、ちょっと焦ってた」


 本当に、勘が良すぎるのも考えものですね。


「何故そんな事をなさってたんですか?」

「…救えなかった、今度こそ弟を救おうと思ったのに…ダメだったから、なら私が勇者に成るしか無いって思った」

「…そうでしたか」


 多分、無くなった実の弟さんと重ねてらっしゃったんでしょう。

 それで、十五年も男性を演じていた訳ですから…つらいですね。


「『リザレクション』が失敗して、自分の身体が崩れていくのを、この身体から見届けた時に誓ったの、って」

「セラフィさん…」

「でも駄目だった!私じゃ『聖剣』は扱えなかった!『魂』と『肉体』が別人の、歪な存在では『聖剣』が認めてくれなかった!!」

「それはどういう事ですか?」

「『聖剣』には、それぞれ『AI』と呼ばれる疑似人格が備わってる、悪用されないために、使い手を選ぶ為に」

「…それに、認められなかったと」

「そう、会話は出来ないけど、剣が判断する。だから『聖剣』が認めてくれなければ使えない」

「…でも、セラフィさんは今『勇者』と呼ばれているのでは?」

「肩書だけ、『聖剣』は『魔王』に対する特攻武器、世界に掛かった『邪神と勇者の呪い』のせいで、アレ以外で倒せない存在、だから『勇者』は『聖剣』を使えるのが最低条件」

「…だから、輝夜さんでは倒せないと」


 色々と納得はしました。

 しかし、疑問は残ります。


「セラフィさんは、何か焦ってますよね?あの『プロポーズ』もそうです。何か有るのですか?」

「…うん、あまり時間が、無いから」


 …それは。


「もしかして…あまり『長くない』という、事ですか?」

「…そう、異なる肉体に異なる魂を入れた反動、肉体の限界が近づいてる」

「何故、今になって…?」

「この十五年、私は『自分の結晶化した遺体』を、少量づつ取り込みつづけて魂を維持してた。けど、それも無くなったから」

「…もう、限界だと?」

「うん、だからマリーちゃんを戻すの…間に合って良かった」


 …酷い話じゃないですか。

 目が覚めたら、全部失ってたなんて。


「それでも…マリーは、に会えて良かったと思いますよ」

「それはどっち?私?ウィン?」

「両方ですよ」


 なんでしょう、悲しいのは確かですけど…涙が出ません。

 まだ、気持ちの整理が出来てないのでしょうね。




 ◇◆◇




 あれから、マリーはセラフィさんの話を聴き続けました。

 今までの事を全て。

 リリファさんの事は以外でしたが…大切な人を亡くしたら、そうもなりますか。


 セラフィさんの寿命は、恐らくあと一ヶ月ほどらしいです。

 体感なので、もっと早く亡くなるかもしれませんが。

 本当にギリギリでしたね。


 そして、彼女は戦う術も教えてくれました。

 未だに世界は混迷の時代です、個人の強さは必要だという気遣いでしょうね。

 神聖魔術…は、マリーには憶えられませんでしたが。


「マリーの知らない剣技もありますね」

「そう、例えば『ロンド』は剣を振り続けるたびに魔力を使い続ける、多分マリーちゃんには合わない」

「すぐに息がきれそうですね」

「そもそも、必要ない。私も剣を振り続けて分かった事がある」

「…それは、どういう事でしょう?」

「この剣技は『女性』の為の剣、男性の身体じゃ十全には使いこなせない。だからブレイおじさんは、男性に合わせてしてた」

「なるほど、『剣聖ディーバセレナ』は女性でしたね」


 技を力で補っていたんでしょうね、旦那様は。


「だから、貴女なら…これを使える筈」

「その剣は…?」

「壊れていたけど修復した、『聖剣ディーバウイング』」

「これが、『聖剣』ですか…」


 翼の意匠の入った、白い双剣ですね。

 随分細身の剣です、まるで儀礼用です。


「『剣聖』は、元々酒場の踊り子だった。舞い歌う彼女に一目惚れした『勇者』が暴漢からセレナを救い、彼女は旅に同行するようになった。

 そう、彼女はただの非力な女の子だった。

 やがて『勇者』に剣士として育てられた彼女は『剣聖』と呼ばれるまでになり、そんな彼女を『勇者』が『ディーバ』と呼び始めた事から、ついた名前」

「それが『剣聖ディーバセレナ』の始まりですか…」


『剣聖』が、非力な女の子だったとは初耳ですね。


「うん、『勇者の最初の花嫁』。彼女はいつも前線に赴いて踊るように戦い、味方を鼓舞し続けた、そして彼女の『聖剣』は最後の戦いで壊れて、今まで使われていなかった」

「すごい方だったんですね…でも、何故その剣をマリーに?」

「『剣聖』の剣技を受け継ぐのは、もう貴女しかいないから」


 そんな事を言われても…マリーはメイドなんですが。

 ちょっと重いですよ、それ。


「ほら、『聖剣』も貴女を認めてる」

「…光ってますね」


 …断れる空気じゃないですよね、仕方ありません。

 一応、手にとってみますか。


「うわぁ、眩しいです」

「うん、『聖剣』に認められた」


 眩しいですね本当に、これじゃ戦闘できないんじゃ…あ、収まりました。


「何で光るんでしょうね」

「うん、それも『勇者』が設定した演出だって」

「はぁ…」


 分かりませんね、『召喚勇者』の感性は。


「頑張って、あたらしい『勇者』」

「…仕方がないですね」


 みんな、勝手にいなくなって。

 こんな重荷を背負わされて。

 納得は行きませんけどね。




 ◇◆◇




 あれから数日後、セラフィさんは病床に伏せた。


『教会』の偉い人が何度か来たが、看取りは要らないと言って追い返してしまった。

 静かに、最後を迎えたいらしい。


 マリーも『聖剣』の担い手になりましたが、『勇者』と公表はしない事になりました。

 狙われてしまいますからね。

 その前に、本当に『魔王』はもう、死んでいるかもしれませんし。



「…普通に死なせてはくれないのですね」


 指先から白い結晶がボロボロと剥がれ落ちる、坊ちゃま――セラフィさんの指を手に取りながら、そんな風に呟く。


「そう、『魂』が違うから」


 残酷ですね、神様と言うのは。


「マリーちゃんは、これからどうするつもり?」

「まずは、輝夜さんを探しますよ。ついでに『魔王』もですね」

「ふふ、ね」


 見つけたら、叩き斬るだけです。


「ね、マリーちゃん」

「なんでしょうか?」

「ごめんね」

「…謝らないで下さい」


 謝る必要なんて、無いのですから。


「セラフィさんは、坊ちゃまを…ウィンを助けるために、命を使ってくれただけです」

「でも、上手く出来なかった…」

「それでもですよ、セラフィさん」


 貴女は悪くないじゃないですか。

 悪いのは…そう、『魔王』です。


「必ずやっつけますよ、『魔王』は」

「…うん、おねがい」


 例え、マリー一人でも。

 輝夜さんが見つからなくても。


「あ、そろそろ…」

「セラフィさん!?」


 ああ、結晶化が一気に進んでいます。

 もう、全身真っ白に…。


「マリーちゃ、ありが――」

「セラフィさん!!セラフィさん…」


 結晶化した坊ちゃまとセラフィさんの身体は、その形を保てずに、一瞬で砂の様に崩れてしまいました。


 …あっけない、呆気ないです。


「何ででしょうね、涙が出ません…」


 泣きたいのに、泣けないです。


 受け入れられません。


 本当に、これで…独りになってしまったんですね。

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