027

 こんな状況だと言うのに、心は自然と平静でした。


「…何処、でしょうね…此処は」


 もしかして、死んでしまったのかと考えましたが…天国にしても地獄にしても、ちょっと地味な内装ですね。

 調度品も地味な、一般的なお家です。

 でも、大きく違う部分もあります。


 床が…畳ですね。

 今寝かされているのも、ベッドではなく『布団』…極東形式の『和室』でしょうか。


「…マリーは『魔人』と戦っていた筈ですが」


 ちょっと状況が飲み込めませんね。

 服装も、治療院で着せられる様な病衣です。

 いつもの正装メイド服は何処にいったのでしょう?


 などと考えていると、人の気配が…こちらに向かってますね。

 がスルスルと開くと、お盆に湯気のたつ物をのせた、着流しの人物と目が合いました。


 え?あなたは…?!


「だ、旦那様!?」


 無くなった筈の旦那様…いえ、違いますね。

 あの方は、もっとチャラそうな感じでしたから。

 第一、髪色がプラチナ色。


 あっけに取られていると、その方が微笑みながら声を掛けてきました。


「おはようマリー。俺だよ」

「…まさか、坊ちゃまですか…?

「はは、あれからもう…十五年経ったからな」


 え?十五年…??

 つまり、目の前に居るのは…十五年後の、ウィン坊っちゃま?


「ははは、俺ももう三十過ぎだよ、流石に坊ちゃま呼びは止めてくれ」

「…少し寂しいですけど、分かりました、ウィン様」

「別に呼び捨てでもいいぞ、つかどうした?何か身体に違和感でもあるか?」

「いえ、そうでは無くてですね…」


 まさか、マリーはずっと眠っていたのですか??

 知らない内にオバサンになっちゃってたらショックですけど。

 自分の手足を確認し、顔をペタペタ触ってみますが…変わった感じはしませんね。


「ああ、鏡ならそこにあるよ」

「あ、はい…マリーは変わってませんね」

「ああ、マリーはずっと『月読』で時間を止めていたから、でもやっと『呪い』を巻き戻せたんだ」


『呪い』?何の話でしょうか。

 マリーが憶えているのは…セラフィさんが灰になった後に…!?


「…!?『魔人』は!!どうなりましたか!?」

「あの後倒したよ…そうか、『呪い』を受けた記憶は巻き戻って憶えて無いんだな」


 …推測するに、どうもマリーは致命傷を受け、今まで眠っていたらしいですね。


「とにかく、今まで何があったのか…順を追って話すよ」

「はい、お願いします」


 本当に、何があったのでしょうか。




 ◇◆◇




 坊ちゃま…そんな事が…。


「…そうですか、みんな…亡くなって」

「ああ、俺の力が足りなかったばっかりに…すまない」

「坊ちゃまは悪くないですよ、悪いのは『邪神』でしょう」


 …なんでしょう、一人だけ置いていかれてしまった気分ですね。


「それで、輝夜さんはどちらに行かれたのですか?」

「…理解らない、三ヶ月前に『月読命』を完成させて、マリーの時間を戻すのに成功したんだけど、その速度は非常に緩やかだったんだ。

 維持すのも、俺が周囲の魔素をかき集め続けないと無理だったから、俺は此処を離れられなかった」

「…そうだったのですね」

「十五年ぶりに魔術を取り戻した師匠は、それから間もなく『未来視の魔女ザ・ビジョン』と言う知り合いオリジンに会いにいった…『魔王』の居場所を視てもらうために」

「…それから、戻って来てないのですね」


 世界は未だに平和では無いのですか。

 輝夜さん…会うのに手間取っているのでしょうか、それとも…。


「ただ…もしかしたら、輝夜師匠は『魔王』を倒したのかもしれない」

「え?何故判るのですか?」

「先月辺りから、『魔人』の活動が、ぱったりと途絶えたんだ」

「…平和になった、と言う事ですか?」

「わからない…何せ世界はまだ混乱してる、現存する国家は三つだけになってしまったから」

「…は?ま、待って下さい、どういう事ですか?!」

「エルフの『聖樹国』が世界に戦争を仕掛けて以来、各地で紛争が起きた。

 今残る国家は、『聖樹国』と、『ヴォルハンド帝国』、そして千年前に『勇者』が立ち上げた、今俺達がいる極東の島国『ヤマト民政連合国』だけだ」

「そ、そんな…マリーが眠っている間に?嘘…」


 いえ、眠っていたという認識すらありませんが…。

 戦いの中で気を失い、気が付いたら世界が終わりかけていると言われても…。


「…すいません、窓を開けても宜しいですか?」

 「ああ、大丈夫だよ」


 カーテンの代わりなのか、木枠に紙が貼られてますね、これが障子でしょうか。


「それは、横にスライドするんだよ」

「あ、ありがとうございます」


 なるほど、障子の外にも窓があります、二重構造ですね。

 しかも、これはガラス…あれ?地面が見えません、もしかして此処は城か何かでしょうか。

 周りの建物も、見たことの無い形式ですが、どれも塔のように長いです。


「ここは『ヤマト』の首都『アキバ』のホテル、最上階だよ。

 文明レベルもかなり高いんだ、驚いただろ?」

「ええ…びっくりです」


『勇者』が召喚された世界を、再現した街が有るとは聞いた事がありましたが、これ程ですか…。


「まあ、ここまで凄いのは首都だけだよ。

 他の街は、『ザーン連合国』とあまり変わらない」

「…でも、何故この街だけ栄えてるんでしょう?」

「何か『龍脈』の上に作られてて、無尽蔵に魔力をエネルギーとして使えるらしい」


 なるほど、他の土地では真似出来ませんね。


「本当は化石燃料とか言うのを使うらしいんだが、『召喚勇者』が言うには、この世界は生まれて日が浅いから無理なんだと」

「…何の話か分かりませんが、日が浅いってどういう事でしょう」

「さあな、とにかく此処は他と比べてインフラが段違いに整備されてるんだ、そこのスイッチ押すだけで風呂が湧くぞ」

「…信じられません」


 大国の国王クラスでも、こんな場所に住めませんね。


「ま、この都市に入るだけで偉い人の推薦がいるからな、普通は住むのも無理だ」

「そんな場所に、どうやってウィンさまは?」

「師匠のコネと、俺の『勇者』としての役目上な。

 この場所の『龍脈』を、『邪神教』に奪われないための戦力としてだ」

「…ウィンさまは、『勇者』になったんですね」

「名前だけさ、俺は『聖剣』も持ってないし、でも…もう俺しか、十二人ほど居た今代の『勇者』は生き残ってないからな」

「そうだったんですか…」


 追い詰められていますね、人類は。


「『魔人』や『邪神教』の動きが止んだのは、俺達にとってもありがたかった」

「…『魔王』は、死んだのでしょうか」

「そうとしか思えないんだが、『勇者教会』は未だ健在だと判断してる、倒された時の『神託』が降りてないらしい」

「…あるいは、理由があって身動きが取れないだけだと?」

「そうだな、だが『魔王』の居場所が判らないから、どうしようもない」

「手詰まり、ですか」


 まあ、輝夜さんが倒してしまったのかもしれませんが。

 そう決めつけるのは、楽観的ですね。


「ま、他にも色々と話したいことは有るんだけど、一先ずはゆっくり休んでくれよ」

「マリーはすこぶる調子がよろしいですけど」

「時間を逆行させるなんて、初めてだから様子を見ないといけないからな」

「そうですか、ウィン様がそう仰るなら…」

「…何かよそよそしいなぁ、気軽に呼び捨てにしてくれよ」

「だって、目が覚めたらマリーより一回りも大人になってるんですよ!こっちの気持ちも考えてくださいよもう!」

「ははは、それもそうか」


 …やっぱり顔が良いですね、遺伝ですか。


「マリー、何を考えてるんだ?」

「いえ、旦那様みたいにあちこちで女性と関係もったりしてないですよね?」

「酷いな!やってねえよ!」

「あはは、今ちょっと若い時と同じでしたよ!」

「ははは、俺もそれ思った!」


 坊ちゃま、いえウィンは変わりないですね…。

 けど、何でしょう。


 この、棘が刺さったような、違和感は。




 ◇◆◇




 3日ほど様子をみて、問題ないという事になりました。

 それはそうでしょうね、ただ眠っていたなら違いますが、『時間を止めていた』訳ですから。


 もう心配ないという事で、ウィンが気晴らしにデートに誘ってくれました。


 服装も、この国の洋装に着替えて…和服だけじゃ無いんですね。

 この都市は気温が安定しているので、外套などを着ている方はいません。

 ウィンは、やたら丈夫で青っぽいズボンにシャツ姿、ちょっとチャラいオジサンになりましたね。

 マリーはメイド服で良かったのですが「この街でメイド服着てると、客引きと間違われる」と言われてしまいました。


 なので、上は何故か肩だけ布がない服、下は思い切って短めのスカートにしました。

 これ階段上がったら見えてしまうのでは…ちょっと恥ずかしいですね。


「この『タピオカミルクティー』とか言うのは美味しいですね!」

「俺はなぁ…粒がデカくて飲みにくい…」

「おじさん臭いですねぇ」

「くっ、そりゃもう30過ぎてるけどなぁ」


 楽しい。

 でも、内心申し訳ない気持ちです。


 みんな居なくなってしまったのに、こんな呑気にデートしてて良いのでしょうか。

 …それでも、色々としないといけませんからね。


「このぬいぐるみ可愛いですね!買う時は店員さんにケース開けてもらうのですか?」

「ああ、これはゲームの景品だんだよ。この穴にこの国の硬貨『100イェン』を入れて、上のアームを下ろして穴に落とせばいいんだ」

「面白そうですね!やらせて下さい!!」

「いいけど、難しいぞ?10回くらいやらないと無理じゃないかな」

「頭にヒモが付いてますね、あそこに引っ掛けましょう!」

「一発かよ…」


 この動物は愛嬌がありますね、でも見たことありませんが…幻獣でしょうか?


「それは『カバ』だよ」

「聞いたことがない幻獣ですね」

「いや、勇者の世界にいた、普通の動物らしい」

「あまり強そうには見えませんね、こんな生き物が生き残れるのでしょうか」

「まあデフォルメされてるから」


 不思議ですね、勇者の世界。

 余程平和な世界だったのでしょうか。


「あのお城っぽいデザインの建物、可愛いです!」

「え?ああ!あーあれはその、ハハハ」

「えっと、どうしましたウィン?」

「あそこは、ほら、『ご休憩』する場所だから…」

「いいじゃないですか、ちょっと休憩していきましょう!」

「いや、そうじゃなくて」


 ん、歯切れが悪いですね。

 あ、ははぁんこの反応はアレですか。


「連れ込み宿ですか」

「そうだよ」

「じゃ、入りましょうか!!」

「なんでそうなるんだよ!!」


 なんでって、決まってますよ。


「今日、すごく可愛い下着付けてますから」

「待て、スカートに手を掛けるな」

「ぶっちゃけますけど、もう観念してマリーの処女貰ってくれませんか?」

「しょ、処女っておま!!」

「こういう慌て方は、ウィンらしいですねぇ」


 本当に、それらしいです。


「…真面目な話なんだけど、俺…出来ないんだよ」

「…何がですか?」

「…十五年前のあの日以来、勃たないんだ、情けないだろ?」

「…そうでしたか、ごめんなさい」

「謝らなくていいよ、俺も言ってなかったし」


 あの日というと、セラフィさんが犠牲になった日ですね。


 …。


「ただ、俺は…マリーの事が好きだ」

「…坊ちゃま、いえウィン」

「こんなおっさんになってしまったけど、マリーが良いなら…結婚してほしいと思ってる」

「…嬉しい、マリーもウィンの事が好きです」

「じゃあ!」

「その前に、一つ質問よろしいですか?」

「ん?どうしたんだ改まって」


 はっきり言って確証は無いんですけどね。

 でも、マリーは自分の勘を信じます。


「ウィン、いえ違いますね」

「マリー?何を――」

?」

「なっ!?何を…!!」


 この人は、坊ちゃま――ウィンではありません。

 じゃあ誰なのか、肉体は間違いなく彼でしょう、ホクロの位置とか確認しましたから。


 ならば、思い当たるのはだけ。

 だとしたら、悲しい、ですね。


「あたな、でしょう?」


 あの時、坊ちゃまは――


「『リザレクション』は失敗だったんですね」

「嘘、でしょ…何故、バレたの?」


 ――死んでしまっていたんですね。

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